第3話「異世界料理が美味い」

 老人に教わった場所に行くと、ピンクの屋根に白い壁の店【ラン道具店】がぽつんと存在していた。

 

「ごめんください」


「あいよ」


 対応してきたのは赤い布を頭に巻いた二十歳くらいの女性だった。


「何か用? おじさん」


 けだるそうな表情で無遠慮な言葉を投げられる。


「うぐっ」


 俺はまだ三十五だと言いたいが、この人からすればもうおじさんなのか。


「ここなら戦士のスーツを売ってると聞いたので」

 

「ああ。あんた戦えない人なのか。たしかに」


 全身をじろじろ見られて納得されてしまった。

 

「戦士のスーツなら金貨1枚。上級戦士のスーツなら金貨2枚だよ」


「や、安いのでは?」


 女性が口にした値段にびっくりする。

 弱い人間を強くするアイテムが、家より安そうでもいいんだろうか。


「本当に強い奴には勝ち目がない程度の力にしかならないからね」


 なるほど、実力者には勝ち目ゼロでしかないなら、高額商品にならないのには納得だ。

 

「なら上級戦士スーツをひとつください」


 俺は鍛えたところで弱いままだろうし、どうせなら上位のほうがいいと判断した。


「はいよ。ちなみにこれは衣服の上から着られるタイプだよ」


 と言って女性は白いレインコートみたいな上下を手渡す。

 生地は薄い布で本当に強くなれる効果があるのか、ちょっと不安だな。

 

 レインコートを着る感覚で上下に装着してみると、まるで衣服といったいになるように溶けてしまう。


「あ、そうそう。解除って言わないと脱げないよ。服を脱いでもね」


 と女性が説明をつけ足す。

 脱がなくても着替えには困らないのはメリットかも。


 このあたりはやっぱり異世界産のアイテムなんだな。

 

「何かおススメの食べ物はありますか?」


 せっかくだから聞いてみよう。


「うーん、あんたはおそらく異世界人だろ。だとすると、辛いものは避けたほうがいいだろうね。肉料理かパスタが無難じゃないかな」


「ありがとうございます」


 辛さの耐性がこっちの人と地球人では違ったりするのかな?

 地球人同士でもかなりの差があるもんな。


 言われた通りに店を探すと肉料理をあつかってる店を発見。

 こういうとき、言語で苦労しなくていいのがめちゃくちゃありがたい。


 料理名は読めるけど内容がよくわからないものがけっこうあるな。


「すみません、ハンバーグセットをひとつ」


 女性の忠告を思い出してここは無難なものを選ぼう。

 運ばれてきた料理の見た目に変わりはない。


 パンとスープと茹でたニンジンとブロッコリーみたいな料理もついている。


「うまっ」

 

 肉はやわらかくて肉汁はたっぷりで、とても美味い。

 こんな美味い肉食べた記憶がないくらい美味いと思った。


「うまっ」


 スープもけっこう美味い。

 野菜はそこそこだったので肉に戻る。


「うまっ」


 食レポなんて俺にできるはずがないので、ひたすらこの味を舌と胃袋に刻もう。

 肉はかなり美味しくて、スープとパンはけっこう美味しい。


 メインディッシュが美味しいのは正義だろう。

 

「ふー、美味かった」


 会計をすると大銅貨1枚だった。


 銀貨や大銅貨の価値ってどれくらいなんだろうと思いながら支払い、たっぷりお釣りをもらう。


 ユニーク財布がなかったら途方に暮れてたような数だ。

 こっちの世界で金貨って一万円札かそれ以上の単位っぽい。


「料理が美味いってのはいいなぁ」


 日本でも美味い店はあるんだけど、俺の薄給じゃ入れないところばかりなんだよな。


 もしも移住できるならこっちに移住してみたいくらいだ。

 住むところと仕事が問題だけど。


「美味そうに食べてくれる人だったね」


 出ていくとき、背中から店の人のうれしそうな声が聞こえた。

 ふり返って本当に美味かったと伝えるのは迷惑かも、と自制する。

 

 気になってきたのですこしぶらついてこの街の不動産価格を見てみたら、庭付き二階建てで金貨50枚から80枚くらいだった。


「余裕で買えてしまうな」


 生活コストがまったく想像できないので、移住する気にはならないけど、選択肢のひとつを頭の片隅に入れるのはアリかも。


 ゲートの前に行くと見覚えのある女性がおやっという顔をする。


「またいらっしゃったのですね。今回から送還料を銀貨1枚いただきますが、それでもよろしいですか?」


 と質問された。


「意外と安いのですね」


 世界と世界を超えて移動できるすごい代物なのにいいんだろうか。


「高くしたら誰も使えないですし、このゲートはほかにも用途があるのです。いわば異世界人のみなさんにはサービスですね」


 異世界人に親切にする意志と余裕があるのは何となく理解した。


「では銀貨を払います」


「よい異世界生活を~」

 

 また戻って来れるかわからないのにな、と苦笑しながら俺はゲートをくぐる。

 

「玄関か」


 もともと朝食を調達するために外に出ようとしたのだから当たり前かな。

 時間はほとんど経っていないが、腹いっぱいで家の中でゴロゴロできる。


 異世界は給料を使わずに美味い飯を食えるいいところだと言えるかもしれない。


 安い布団に寝転がったところで、


「しまったな。テイクアウトができるのかたしかめればよかった」


 と後悔する。


 世界をまたいで大丈夫なのか不安は残るけど、可能なら三食分は浮くので食費が助かるんだよな。


「今度行けたら確認してみるか」


 三度目があるかどうかはわからないので、期待しないでおこう。

 

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