第2話「ヌーラの街」
馬車は乗り合いらしく何人か男女といっしょになった。
みんな一瞬だけ物珍しそうな顔をしたものの、すぐに視線をそらしてしまう。
迷い込んだ異世界人だという話をどこまでしていいのか判断できなかったので、詮索されないのは助かった。
何時間が経過したのかわからないけど、ヌーラの街とやらの入り口で降りる。
「あの、ここなら元の世界に帰れると聞いたんですが」
入り口に立っている兵士に話しかけると、「ああん」という声と同時にじろじろと見られた。
「あんた異世界人か。なら街の中央にある【送還ゲート】に行くんだな。初回は無料で使えるぞ」
と説明してもらったので礼を言う。
「ありがとうございます。初回です」
ウソの申告ができるのか気になったが、いま言うのはリスクが高そうだ。
今度もまっすぐ歩いて行けばいいのは助かるけど、異世界に来てからけっこう歩かされる気がする。
仕事帰りだってのにと心の中で愚痴りながら、大通りの中央にある小屋にやってきた。
そこには若い男女がドアの前に立っていて俺に気づくとにこやかな笑みになる。
「あなたは異世界人、それも初めての方ですね。初めての方は無料で送還しておりますが、いかがですか?」
「えっ、どうして初めてだとわかるのですか?」
思わず質問を無視して聞いてしまう。
ひと目見ただけだぞ。
「それを可能とする技能を持っているからです。我々の世界ではスキルと呼びます」
若い女性がにこやかな表情を維持して説明してくれる。
ならウソをつけないだろうなと納得したけど、ほかに疑問が浮かんできていた。
「初回ならって言われますが、一度帰ったあとまたこちらの世界に来ることはできるのでしょうか?」
じゃなきゃそういう言い方は誰もしないと思うんだよな。
「ご縁があるなら可能ですよ」
あやふやな答えが返ってくる。
全員が戻って来れるわけじゃなさそうだ。
誰でも気軽に行き来できるなら、もっと俺以外の異世界人──地球人を見かけてもいいはずだからな。
「異世界で買ったアイテムは持ち帰っていいのですか?」
続けて質問をする。
透明になる財布と金貨は持ち込んで平気なのか気になっていた。
「問題ないですが、あなたの故郷でトラブルが発生しても自己責任でお願いします」
と若い女性は笑みを浮かべたまま回答する。
こっちで責任は問わないけど、日本で問われる可能性があるわけか。
異世界のアイテムや金貨を流通させようとしても、ロクでもない展開になりそうだ。
異世界に行って帰って来た人がたくさんいるなら、もっと話題になっていてもおかしくないんだから。
ゲートとやらをくぐったら、俺のアパートの玄関の前に立っていた。
「帰って来たのか?」
体を触ってみると【ユニーク財布】があり、中には金貨が50枚入っている。
どうやら夢じゃないらしい。
「時間は何時だろう?」
たしかめてみたらアパート前に着いた時と1分しかズレていなかった。
「1分しか経ってないってことなのか?」
この疲労感は明らかに異世界で歩いたり、馬車に乗った結果だろうに、おかしすぎるだろうと思いながらあっという間に寝落ちしてしまう。
「つらい」
次の日も仕事なので一日死にそうだった。
金貨50枚を自由に使えるなら、しばらく働かなくてもいいんじゃないかな、と脳内で悪魔が誘惑に何とか耐える。
もう一回異世界に行けないなら意味はないからな。
「今日もあるのかな」
また異世界に行くんだろうか?
明日は休みなのでのんびりできるな、とちょっと期待しながらドアを開けたら何も起こらず、玄関があるだけだった。
「はは、そりゃそうだよな」
おかしくなって笑い出す。
毎日行けるのだとしたら、「縁があれば」みたいな言われ方をするはずがない。
きっと二度と行けないのだろう。
一瞬の夢だったなとがっかりして俺はシャワーを浴びて寝る。
次の日の朝、起きて冷蔵を見たらペットボトルのお茶しかなかった。
「マジかよ、めんどくさ」
思わず天井をあおいだが、腹ごしらえのために買い物に行かなきゃ。
財布とポケットに入れてお茶を飲みながらドアを開けたら、見覚えのあるヌーラの街の外壁がそびえていた。
「は?」
何が起こったのか寝ぼけた脳が理解するまで、すこし時間が必要だった。
「また来たのか。何で?」
どういう原理が働いてるのか、さっぱりわからない。
強いて言うならアパートのドアを開けるのがトリガーなのかも、くらいだ。
「どうしようかな?」
お茶を飲みながら考えてみる。
ヌーラの街なんだからおそらく希望すればゲートですぐに帰れるだろう。
だけど、次回からは有料になるらしいので、このまますぐ帰るのはもったいない気がした。
「どうせなら何か食べて帰るか」
異世界の料理がどんなものなのか、興味はわりとある。
一食くらいならせいぜい腹をくだすだけですむだろうし。
街の中に入ってうろうろしてると、ひとりの老人に話しかけられる。
「あんた、昨日ゲートに向かっていった異世界人じゃないのか?」
しっかりとした目で見つめてくるので、ごまかすのはあきらめた。
「そうですけど」
「異世界人がこんなに早く戻ってくるなんて珍しい。おそらく適応力が高いんじゃろうな」
老人は驚いて早口になる。
「そういうものですかね?」
適応力があったなんて急には信じられないけど、ほかの人が戻って来なかったなら、俺にはあるのか……?
「うむ。ところでその手に持っているものは何だ? 珍しいな」
「ああ、これは俺の故郷で買えるものです。ペットボトルと言って、中に飲み物を入れるんですよ」
異世界人とバレているなら、本当のことを説明したほうがいいと判断した。
実際にキャップを開けて残りのお茶を飲み干して見せる。
「おお、そういうものがあるのか! 金貨250枚で売ってくれんか?」
「いいですよ」
こっちで買い物をするのに金貨は欲しいからな。
またしても大金が提示されたことに驚いたが、空き缶の例で免疫はできていた。
「お、【ユニーク財布】じゃないか。いいものを持っているな」
老人は俺の財布を見て感心する。
「異世界人がこの世界で活動するなら、【戦士のスーツ】は手に入れておいたほうがいいと思うぞ。ちょうどこの街にも売っている」
「戦士のスーツ?」
何だろうそれ。
「レベル60相当の強さを装着に与えてくれる。簡単に言えば着るだけでかなり強くなれる服じゃ」
「そんな都合のいいアイテムが」
さすが異世界だと感心する。
「【ラン道具店】に行ってみるといい」
「ありがとうございます」
こっちでも道具店か。
武器や防具をあつかうショップとは違うのかな?
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