よい異世界生活を~地球より快適なのでのんびり楽しく暮らす~

相野仁

第1話「異世界に迷い込んでしまった」

 俺──静岡圭司は呆然としていた。


 へろへろになりながら、終電でアパートに帰ってドアを開けたら、見覚えのない町が広がっている。


 しかも、ドアを開けるまで深夜だったはずなのに、太陽が頭の上で燦々と輝いていた。


「なんでやねん」

 

 という言葉はむなしく空に消える。

 缶コーヒーを開けて飲んでみたらいつもの味だったのできっと夢じゃない。

 

「見かけない顔だね、あんた」


 鎧を着て兜をかぶった兵士みたいな男性に話しかけられる。

 日焼けした外国人のような顔立ちなのに、普通に日本語が通じるみたいだ。


「ここはいったいどこなんですか?」


「はぁ? カインの街だが?」


 全然知らない名前に兵士以上にこっちが困惑したいと思ってると、上から下までじろじろと見回される。


「あんた、もしかして異世界人か? 迷い込んできたか?」


「イセカイ人? 日本人ですけど」


 イセカイって何だよと思いながら訂正した。


「ニホン? じゃあ異世界だろ」


 向こうはどうやら納得したらしく、ふむふむなんて言っている。


「いまみたいな受け答えするあたり、あんたこっちは初めてで、しかも帰り方も知らないだろ?」


「えっ、帰してもらえるんですか?」


 兵士の確認内容にびっくりしてしまう。


 フィクションでは変な世界に迷い込んでしまった場合、帰してくれる意思がない存在が多いからだ。


 フィクションと現実は違うって言われたらそれまでだけど……。


「そりゃ帰りたいのに帰れないってやけくそになられると、こっちが困るからなあ」


 この人が言ってることには納得できた。


「どうやって帰ればいいんですか?」


「ヌーラの街に行って帰還装置を使うといい」


 質問に即答されたが、すぐに兵士は「あっ」と声をあげる。


「ここからじゃあけっこう距離があるから、旅費が必要になるな。あんた、何か売れるものを持ってないか?」


「売れるものなんて持ってない」


 旅費が必要だと言われて絶望的な気持ちに襲われた。


 こっちは仕事帰りのサラリーマンだから、そんな都合のいいものなんてあるはずがない。


「お、それなんてどうだ?」


 兵士が指さしたのはどうやらコーヒーの空き缶らしい。


「これですか?」


「こっちには珍しいから、好事家が買ってくれるかもしれないぞ」


「本当ですか」


 たしかに街の外見と兵士の服装的に、缶飲料なんてものが存在してる可能性は低そうだけど。


「というか街に入っても大丈夫ですか?」


 俺はパスポートとか何にも持ってないのにいいんだろうか。


「かまわないぞ。犯罪に走るなら取り押さえたり、何なら始末させてもらうが」


 兵士は何でもない顔をしてさらりと物騒なことを言った。

 何だろう、身元証明が必要とないかわりに、人権もない不穏な気配がする。


「そんなことしませんよ。俺は帰りたいだけなんで」


 物騒な世界みたいなら早々にエスケープしたい。


「ははは、異世界人ならなじめないかもな! このまままっすぐに道を進んで、赤い屋根の建物に行きな。【マガ道具店】なら買い取ってくれるだろう」


 兵士は笑いながら見送ってくれた。

 言われた通りに進んでいくと赤い屋根の建物が右側に見えてくる。


 店は二階建てでうす暗く、店番の老年男性に話しかけた。


「すみません、【マガ道具店】はこちらでいいですか?」


「そうだが、あんたは……異世界人のようだな」


 じろっと見た老人に言い当てられて面食らう。


「わかりますか」


「そりゃあ容貌も服装も、ここらの連中とは別物だからな」


 道理でちらちら視線を感じたわけだ。

 きっと自分で思ってる以上に周囲からは浮いているんだろう。


 老人に空き缶を差し出して問いかける。


「ここならこれを買い取ってくれると聞いたのですが」


「おおお、異世界アイテムなら歓迎だぞ!」


 老人は興奮したらしく、早口になって立ち上がって受け取ってまじまじと見つめた。


「たしかに珍しい。こいつなら金貨150枚で買い取ろう」


「えっ?」


 キンカひゃくごじゅうって何だ?

 

「ああ、こっちに来たばかりなら、金貨だけでも困るか。なら【ユニーク財布】をつけてやろう。所有登録したら盗まれない上にたっぷり入る優れモノだぞ」


 と老人に言われる。


 たしかに金貨をジャラジャラ持ち運ぶのは不用心すぎるので、彼の提案を受け入れた。


「では金貨50枚と【ユニーク財布】だな」


 見た目はただの財布だったが、言われた通りに所有登録をすると、俺の手のひらに溶けてしまう。


「念じれば出せるから心配はいらないぞ」


 笑う老人にせっかくだから聞いてみる。


「ヌーラの街にはどうやって行けばいいんですか?」


「ヌーラの街なら定期運行している馬車で銀貨2枚だ。金貨50枚もあれば家でも買えるぞ」


 と答えが返って来た。

 こっちの相場がよくわからないけど、金貨50枚で5000万円くらいなのかな?

 

「まだそこまで考えられません」


 一生家が買えそうにない薄給サラリーマンとしては持ち家は魅力的だけど、この世界のルールが何もわかってないのでためらう。


「はは、そりゃそうだ。異世界人の場合はこっちと故郷を行き来するくらいのほうが稼げるらしいしな」


 老人は本気じゃなかったらしく笑い飛ばす。

 うん? 行き来するほうが稼げる? どういうこと?

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