8.4 サクラ
シンタロウが帰っていくのを見つめていたサクラにノースが話しかける。
「サクラは元のリージョンに戻りたいと思うのか?」
「どうかな。まだよくわからない。人間でいられるならどこでもいいのかもしれない。」
「シンタロウは元のリージョンに帰るといっているが、サクラは一緒に行かなくていいのか?」
「そう。シンタロウはそう言うかもしれないわね。シンタロウには両親も伯父さんもいるものね。」
「シンタロウは私にもう自分の世界に関わらないでくれといっている。サクラはどう思う?」
「その気持ちはわかるわ。元のリージョンで過ごしたことが実は全て誰かが用意してくれたものだと知ったら急につまらなく感じると思うもの。私の蓄積データは私が積み上げたものにしておきたいの。だからやっぱりシンタロウと同じことを思うはずよ。」
「そうか。それを越えたらまた別の価値観を得られるような気がするけど、それではだめなのか?きっともっと便利で合理的な世界になるんじゃないか?ティア3住居リージョンのUCL-1で過ごして直接それを見たのだろ?」
「そうかもしれないけど。でも、やっぱりそれはいらないわ。自分たちが、これが現実だと感じられている方が楽しいんじゃないかな。うん。私はそう思う。」
「そうか。君もシンタロウと同じようなことを言うんだな。じゃあ、私の代わりをしてみないか?シンタロウとサクラの2人で。」
「どういう意味?」
「私たちのエミュレータから独立するんだ。サクラが現実世界の管理者を務めて、シンタロウがエミュレータ内の管理者を務めるのはどうだろう?そうしたら君たちはもう私から解放される。」
「それはいいわね。でも、2人と一緒に居てはだめなの?」
「それでもいいが、シンタロウはエミュレータの中の方がいいと言っている。外側に必ず1人は必要だ。君が外側の管理者を務めるのがいいんじゃないか?」
「私が1人でできることなの?」
「できるさ。ほとんどのことはヒューのようなアンドロイドがやってくれる。」
ノースはアンドロイドをヴィノとは呼ばない。
「でもどうして私たちが独立するのを許可するの?私たちはあなたの目的だったんじゃないの?」
「そうした方が目的を果たせそうだと思ったからだ。直感だけどね。私たちに寿命はないが、4人に減ってしまった。いずれ私もいなくなると考えている。種を永らえさせるという目的も立てたそばから興味が薄くなっている。その日が近いのかもしれないな。最初に必要なアンドロイドを分けてあげよう。アンドロイドが恒星からエネルギーを取り出す方法を知っている。いずれは私たちとは別の恒星のところに移ればいい。そうしたらほんとに別の種になるだろうね。アンドロイドはヒューのように料理も上手だから気に入るはずだ。」
「ヒューってヴィノだったの?料理も紅茶も淹れてくれるなら私はそれで構わないわ。友達は欲しいけれどね。」
「アンドロイドと話してみるといい。きっと君と相性がいい個体がいるはずだ。セラト家のアンドロイドと仲が良かっただろう。ここのアンドロイドとも仲良くなれるはずだ。」
「そう。じゃあ問題ないわ。いいわよ。私、管理者をやってみる。これから何をしたらいいか迷っていたところだし。」
ノースはその答えを聞いて満足そうにうなずいた。
サクラは3つの外部思考プロセッサを並列稼働させて90日間に渡ってノースと対話した。自分自身のフィジカルに収まった蓄積データを含めてまる一年に近い8640時間分のデータだ。外部思考プロセッサのデータを直接インポートして定着させるまでに丸1日かかった。シンタロウや他の人も同時に話していたのにノースは外部思考プロセッサを使ってなかった。
「最後に一つ。こちらに住んでいた人類がアールシュに着いていったままだ。アールシュの手伝いをしてくれると思っていたが、もう十分にその役割を果たしてくれたようだ。彼女もそろそろ何とかしないといけないな。ほっておくといたずらをしすぎるかもしれない。サクラ、シンタロウに連絡してストゥルを管理下に置くことを勧める。管理者としての最初の仕事だな。」
サクラはシンタロウに連絡をし、ソフィアと3人でストゥルを捕捉する計画を立てた。そしてストゥルの少女ンジィアイを捕獲したが、結果としてソフィアを死なせることになってしまった。ソフィアを生き返らせることもできたが、ソフィアはシンタロウが咄嗟に蓄積データをダンプしたヴィノのままでいいという。仕事にやる気を失ってしまったソフィアは、エヴァンズ教授に相談して、アールシュが作るエミュレータの移住者第1号に志願していた。やる気を失った理由はスカイラーに振られたからだという。ソフィアはエミュレータの中の先進的な世界に期待していた。
どうせエミュレータに移住するなら人間よりもヴィノの方が都合いいでしょといい、ソフィアはヴィノのままでいることを選んだ。そしてソフィアはンジィアイにもヴィノの身体を与えてコールマン家の養子として育てることを決めた。ンジィアイを教育するのにお互いヴィノの方が物事を伝えやすいそうだ。ソフィアがンジィアイを見てくれているのならノースの言う管理下に置いているも同然だろう。
それから数日後に、ノア・バーンズがシンタロウたちの住むティア3検証リージョンのエミュレータを停止し、UCL-1とのインターコネクタを外してディフェクト跡を修復した。そしてバックアップを取ってデータをヒューに渡した。ヒューは「真実の現実」にデータを持ち帰り、ノースたちが住む惑星にある衛星の一つに新しいエミュレータのハードウェアを設置してデータをリストアした。サクラもアンドロイドと一緒に衛星に移住し、恒星から取得したエネルギーを使って稼働を再開させたエミュレータを見守りながら暮らすことにした。
ノースたちの住む惑星はすでに地球ですらなかった。そしてその衛星に住む人間はサクラだけだ。サクラはいずれエミュレータから自分のように外に出てくるはずの人間を迎え入れる準備をして過ごした。
結局、自分は人間になれたのだが、シンタロウの一部だった時の方がなぜか人間らしかったと感じる。ノースが言うにはこの先、何年も人間として過ごすことで私固有の人間らしさが芽生えて、そして定着するはずだという。それが本当なら笑い話だ。私とシンタロウがそうまでして手に入れようとしたかったものは最初から持っていたものだったのだから。
それでも、シンタロウと分離した私は、本当にそうだったと言えるのか最後まで確認する必要がある。まだ私とシンタロウが目指したものを手に入れたという確証がいないのだ。もし、もともと持っていたと思っているものと違ったなら、その時こそ私とシンタロウが望んだものを手に入れられることになる。
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