2.3 インターステート10

 プロセッサ持ちは割のいいバイトが見つかりやすい。まず、俺が見つけたのはサンディエゴにある地質調査会社が募集していた、ドライビングオペレータの仕事だ。内容は、サンディエゴにあるボーリング設備とフェニックスにある仮設用コンテナ事務所をピックアップしてウィルコックス郊外まで届けるというものだ。リミットがあり地質調査が始まる1週間前までに所定の場所に配置しておけとのことだが、今から行けば余裕で間に合う期限だ。この仕事にエントリーするとすぐに採用の通知メッセージが届いた。


 プロセッサ持ちは20tダンプなら5台まで自動運転車をコントロール配下において一般車両用のインターステート、他ハイウェイを通行してよいことになっている。もちろんロジスティック用のドライバープログラムをインストールしていることが必須条件とされている。自動運転車専用の地下フリーウェイは大型車の通行コストが割高に設定されているのでドライビングオペレータは頻繁に募集が掛かる仕事だった。プロセッサ持ちにドライバープログラムのインストール以外にテクニカルな要求は何もなく単にルールだというだけだった。自動運転車が認められた初期に出来たルールを元にプロセッサを例外条項に加えただけのものだった。今の自動運転ソフトの性能にそぐわないことは誰の目にも明らかだった。害悪の大きい既得権益はいずれ経済合理性により排除される。UCLの利権ではないハイウェイの制限はいずれUCLにより撤廃されるだろう。それまでは俺みたいな人間にとって、割のいいバイトとして利用させてもらうだけのことだ。


 サンディエゴで地質調査会社の20tダンプにボーリング機材を積んでインターステート8号で360マイル先のフェニックスに向かう。地質調査会社で聞いた話ではヴィシュヌプロジェクト用のDCを新たに建設するための地質調査だという。ということはこの案件の発注元はUCLだ。ダントツに報酬がいい理由はそれだと分かり、警戒心を緩めた。


 ヴィシュヌプロジェクはUCLの事業ということになっているが、元々オプシロン社が民間人の私的研究に出資して出来たもので、最近になってUCLに引き継がせたものだ。オプシロン社はディーマッド社、ニコラ社と並ぶ旧ビッグテック7社の生き残りで現在の覇者だ。ディーマッド社はOSやインダストリアルAIのデファクトスタンダードを展開している。その一方でシンタロウが使っているS=T3のようなコアなPAも展開している。統合の中核となっているエンジニア気質の企業が持っていた文化を引き継いでいるので、シンタロウが好きな企業の1つだった。ニコラ社はロケット技術を使って衛星打ち上げや宇宙開発、プラントなどの重量設備とそれらを動かすオートメーションOSや動力源となるエネルギー事業を主としている。


 そして、オプシロン社は研究・開発分野で圧倒的な地位を築きあげた企業を主体として経営統合されてできた企業だ。そのため、今でもヴィシュヌプロジェクトのような商業的価値に直結しない事業も積極的に行っている。ヴィシュヌプロジェクは人も出資もオプシロン社が継続しているのだろう。それでもUCLの名前を前面に出したということはいずれ公共セクターの事業にしようと考えていると言うことだ。


 シンタロウは、この3社のいずれかに入社できれば人生のステージが一気に最上位に上がるという世間の認識は正しいと考えていた。そしてそれと同時にこの大企業やそれに憧れる一般層へ反発するような強い敵意も持っていた。確かにあのどれか1社に入ることさえできれば、田舎に住み続ける必要もなければみじめな思いをして自尊心を傷つけながら生きる必要もなくなるだろう。それはまぎれもない事実だ。ただ、確実に言えることは、この3社には俺なんかが入れる可能性は毛ほどもないということだ。なんの資本もない、アジアと移民を出自とするネブラスカの田舎者だ。そして自分自身と言えば、努力の才能すら持ち合わせていない。ただのプロセッサとPAのマニアでその辺に転がっているナードだ。そんな俺にはどうやっても入ることができないに決まっている。それにも関わらず無条件で憧れて尻尾を振るのは馬鹿げている。シンタロウは思わず座席正面のインパネを蹴飛ばすと、中からマニュアル用に格納されたハンドルが出てきてセットアップ動作を始めた。こういう時、サクラはシンタロウを馬鹿にすることもなだめることもしない。サクラが何も言ってくれないので結局、自分で自分の機嫌を取るしかなかった。


 フェニックスではマーティンというスキンヘッドの大男の測量エンジニアが対応してくれた。再来週からマーティン自身がウィルコックスに出向き、測量を行うのだという。1週間以上も置きっぱなしで問題は起きないのかと聞くと、リモート操作可能で登録済みの生体認証でしか操作できないから心配ないとマーティンは言う。


「そもそもウィルコックスの荒野に放置してあるボーリング機材やコンテナの仮設事務所なんか誰も興味がないだろ?」


とマーティンが笑う。


「そりゃそうだ。こんなもんバラして売ろうがどうやったって足が付くし、俺だっていらないもん。」


そう言ってシンタロウも笑う。


 積み荷を下ろしたらリモートから所定の位置に設置するので、それを見届けて作業完了だ。作業完了後にフェニックスにダンプを置いたところで報酬がチャージされる。帰りはフェニックスからロサンゼルスへローカルロジスティック用の車両を運ぶ仕事を入れている。マーティンが今日はフェニックスで宿泊していけと部屋を手配してくれた。フェニックスはネブラスカよりも断然都会だがロサンゼルスに比べるとだいぶ見劣りする。そもそもカーニーの草原に見慣れている俺からすればここから南は全て荒野に見えてフェンスの先の国と見分けがつかない。ドライバープログラムを並列稼働させて疲れていたので用意してもらったホテルの部屋ですぐに寝てしまった。


 翌日、フェニックスを出発してツートンを経由して220マイル先のウィルコックス、そしてその先からさらに40マイルほど走り、午前中に予定地に到着した。シンタロウは膝下ほどの小さな樽のようなサボテンを見つめながらほんとに何もない荒野だと一人でつぶやいた。コンテナの仮設事務所とボーリング機材をターゲットのポイントに下ろす。ボーリング機材がリモート操作によって配置される様子を完了するまで眺めていた。


 結局、その作業が終わるまで3時間もかかってしまった。シンタロウはダンプに戻ろうと辺りを歩いていると突然、鼓動が早くなって血圧が上がり、全身に血が巡るのを感じた。体中が焼けるように熱くなり、これ以上の発熱に体が耐えられないことを訴えるように関節や節々が痛みだし、そしてひどい息苦しさを感じた。日差しに当たり過ぎたせいだと思い、ダンプに乗り込み少し休むと息苦しさはまぎれたが鼓動が早いままだった。熱も下がらず、節々の痛みも治まらなかった。もう少し休んでいたかったが、思いのほか作業に時間がかかってしまったので直ぐにフェニックスに戻ることにした。フェニックスまでの道中、鼓動と血圧は相変わらず異常なままで、さらに発熱が続いていたせいで体調が最悪だった。フェニックスのオフィスに着いてダンプを置き、報酬がチャージされていることを確認する頃には鼓動が元に戻っていたので少し安心した。あとは新品のローカルロジスティック車両を25台ほどコントロール下に入れてロサンゼルスまで戻るだけだ。22時には家に戻れる。インターステート10号を使ってロサンゼルスまで戻る道はずっとバイタルが大きく乱れて、記憶があいまいだった。


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