第48話テレビ

 探索111日目。




 ダンジョンから出て、一晩宿に泊まってから自宅へ戻った。



『ヨシオ、テレビを見なさい。チャンネルはドコでも良いわ』



 チャンネルはドコでも良い、というか。ドコでも同じような事を放送していた。5日前に東京のド真ん中にあるビルの側面に”ドア”が出現したらしい。現在はビルごと規制線の中で、近付く事も出来ないようだ。



「これは・・・大変な事に成りそうだ・・・」



 でも中にいるのが緑のキツネなら、なんとかなりそうだな。



 暫くテレビを見ていると中継が切り替わった。官房長官の記者会見のようだが、俺には信じられない内容だった。


 自衛隊による第1次調査隊が壊滅的被害を受け調査が失敗した事。中にいた生命体の画像が公開されたが、キツネではなく二足歩行のヒューマノイドであった事。その生命体をゴブリンと称した事。



「異世界と全然違うのだが・・・なんでこうなった!」




『ヨシオ、車を出して。あのホテルへ行くわ』



 俺がテレビを見てる間、何も言わなかった姫が指示を出してきた。俺がゆっくりしてる間に色んな所と連絡を取り合ってたのかな。外国人たちと会うなら俺は運転手の役割しかないから気がラクだ。




 例の外国人達との話し合いは、すぐに終わった。



「姫、片道2時間も運転して来たのに30分も話してないぞ。何の話しだったんだ?」



『会社を作ったわ。ヨシオの役職は、調達係り兼会長よ』



 俺の資金で作った会社だらか会長が俺ってのは、解らなくもないが。調達係りって何?



『本社も建ててるわ。ヨシオの家の隣に。限界集落の土地なんてタダ同然だから、弩デカいのを創るわ』



 土地の売買とか終わってるのか? 俺の知らない所で、色々決まったようだ。



『では、会長のヨシオ。お仕事です。早速調達しに出発よ』



 マジですか・・・ 今日くらい休ませてよ。






 探索118日目。




 松茸狩りという名の、モグラ叩きを続ける事7日。不思議な事に最近は1日2セットこなせる様になってた。1セット4095匹なので2セットで8190個のドロップだ。



「姫、俺って強くなってるのか?」



『気が付くのが遅いわね。異世界人に比べて地球人は元々強いのよ。体の大きさだけでも質量兵器としての強さがあるのよ。地球には魔素が無いけど、魔物の出す高濃度の魔素を吸収する事で肉体的に更に強くなるわ。異世界人は魔素に慣れている分、地球人のようには急激に強くなる事は無いのよ』



「俺って、異世界最強になったのか?」



『最強かは解らないわ。けど、冒険者ギルド長よりは強いと思うわ』



 体脂肪率推定1%以下のあの人より強いのか。ついに俺もハイスペックなった! いや、なってた。 実感ないけど。



『そんな事より、今日は社屋が完成する日よ。戻って確認するわ』



 1週間で社屋創ったの? いや、創らせたのか。どんだけ突貫工事させてるんだ。現場で働いてる人は不眠不休で働いてる気がする。




 姫の言う通り、完成していた。 いつから雇ったか知らないが、警備員もいる。



『社屋と言っても基本は倉庫よ。一応事務所もあるけど、異世界からの物を保管して、異世界に持って行く物を置いとく場所よ』



「今回のインゴットも、ここに置いて良いのか?」



『そうね。入れておけば、あとは何とかしてくれるでしょ』



 何とかって何? 一応俺会長なんだけど、物の流れも、人の流れも、金の流れも、何一つ知らないんだが。これで良いのか? 聞いた所で、今更なので良いか。




 倉庫に荷下ろしを終えて、1週間ぶりの自宅でゆっくりする。52年間暮らして来た家だ、特に何も無いが、それが落ち着く。テレビをボーッと見ていたら、第3次調査隊失敗の速報が入った。



「姫、ダンジョンの調査隊が、もう3回も失敗たらしい。こんな短期間に無理して行う必要なんてあるのか?」



『ヨシオ、ダンジョンの中には広大な土地と、無限の光エネルギーがあるのよ。誰でも欲しがると思うわよ』



「ああ! 広大な土地で24時間明るいダンジョンなら凄い量の発電が出来るだろうな」



『今はまだ報道されてないけど、ドロップも凄いらしいわよ。ポーションも発見されたみたい』



 ドロップでポーションまで出るのか。無理してでも攻略を急ぐ理由はそれか。高齢の政治家にとっては犠牲者がどんなに出ても優先したいだろうな。犠牲になる隊員はそんな事情なんて知らされてないんだろうな・・・



「姫、地球人って強いんじゃないのか?訓練を受けた自衛隊が、何回も失敗するなんて変じゃないか」



『ヨシオはゴブリンと戦った事無いでしょ。ゴブリンは強いわよ。今のヨシオなら2対1でギリギリ勝てるくらいよ。3対1なら負けるわ』



「それでも銃を使えば勝てるだろ」



『銃で倒しても魔素は殆ど吸収出来ないわ。それに、どんなに戦闘を続けても火薬の量は一定だから戦力が上がる事が無いのよ』



「失敗が続いたら、いつかスタンピードが起こるんじゃないのか?」



『ヨシオ、チャンネルを変えなさい。会見が始まるわ』



 なんだか姫に、話の流れを無理やり変えられたような気がした。



 会見って、何の会見だ? 俺に見せる意味があるのか? テレビには、見覚えがある外国人が映っていた。ホテルで何度か会った外国人だと思う。


 会見は滞りなく行われているようだが、質疑応答になるとなかなか話が進まない。姫の双方向同時通訳が無いから、これが普通の会見なんだろうけど。会話のラリーが遅すぎて見ていて眠くなる。



 会見の内容は会社設立の宣伝だった。


 新素材を駆使した装備で、ダンジョン探索の総合的なサポートを行うらしい。


 自衛隊に武器を売るだけなのか?ダンジョンの民間開放を視野に入れた布石なのか?それはどっちでも良いか。


 新素材ってのは俺が渡したインゴットから作ったと予想は出来る。俺の働きが、こういう形で社会貢献に役立ったって事か。不味いポーションを飲んで頑張った成果だな。



「凄い人達だな。これでまた儲けるんだろうな」



『そうね。あの会社が、ヨシオの会社よ。正確にはヨシオの会社の子会社ね』



 聞いて無いんだけど。俺ってあの外国人の上司なの? 会社の記者会見なのに、会長は会見の事知らなかったよ。こんなんで良いの?



『ヨシオ、今、役員会議の決議で決定したわ。これにより調達係りに社命が下ったわ。内容は、ダンジョンを増やせ。よ』



「俺って会長なのに、扱いが酷く無い?」



『決議は会長不在でも問題無いし、社命は正式な物よ。調達係りなんだから、ダンジョンを調達しましょう』



「八百屋に大根を買いに行くようなノリで、出来るような事では無いのだが・・・」



 なんだかなぁ・・・ これじゃあ、マッチポンプじゃないのか?


 俺の会社って人類の希望のように登場したけど、実は会長が人類の敵。なんてオチは嫌だぞ。



「・・・姫、ダンジョンは明日からにしよう。今日はもう休ませてくれ」












 探索119日目。




『ヨシオ、クリアしやすいダンジョンの条件を説明するわ。まずドロップが食料である事。出来るだけフィールド型のダンジョンが望ましい。この2つよ』



 食料は重要だ。アイテムボックスは時間停止しない為、数日で腐敗する。持ち込める食料には限りがある。新鮮な食料が現地で随時補給可能であれば探索範囲も広がる。



「食料は解かるが、フィールド型というのは、どういう意味だ?」



『迷路型だと、ヨシオの移動速度を充分に発揮できないのよ。もし迷路型とフィールド型で、同じ面積又は、同じ距離を踏破する必要がある場合、後者の方が断然早いわ』



「でもフィールド型だとボスがドコにいるのか探すのが大変だろ」



『それは迷路型でも同じよ。隠し部屋にいたら見つけられないわ』



 どのタイプのダンジョンでも、ボスを探す手間は変わらないのか。



「なるほど。じゃあ、食料がドロップするダンジョンを探すか」




「姫、このダンジョンなら条件に合うと思うけど、どう思う?」



『条件としては良いわ。でも、ヨシオには少し厳しいかもしれないわね。』



 このダンジョンは草も木も生えていない。所々に岩で出来た山や丘が見える。魔物が隠れるには充分な環境だろう。


 ここの魔物は30cm程の岩のゴーレムだ。スコップをフルスイングしたら粉々になる程度の強さだ。近付いて来てから隙を狙って鋭い槍を刺してくるが、複数に囲まれても大ケガはしないだろう。


 ただ、見た目が美少女フィギュアなのだ。出る所は出てナイスなプロポーションで、歩くとプルンプリン揺れてセクシー過ぎる。更に、表情からフリフリの服まで作りが細かく、壊すのが勿体ないと思える程に精密に出来ている。


 ・・・確かに強敵だ。


 倒すと何の肉か解らないが、色んな種類の肉がドロップする。 岩ゴーレムのドロップが肉という全く理解出来ない状況だが、時々ジューシーに焼きたての肉もドロップする。



『ヨシオ、一番高い山に登って周囲を確認するわ。プルンプルンに気を付けなさい』



「大丈夫だ。俺にその趣味は、無い」・・・たぶん。・・・無いハズだ。・・・無いと思う。



 山には登ったものの、どこも山だらけで見通しが悪い。



『ヨシオ、今見えている山で、一番高い山に向かいなさい。その頂上からドローンを飛ばして確認しましょう』



「姫、今気が付いたが、俺が何もしないで立っていてもゴーレムが近付いて来て攻撃されるぞ。これじゃあ、安心して眠れない。どうしたら良い?」



『眠らなければ良いだけよ』



「・・・」




 ドローンから確認すると、遠くに四角い人工物のような何かを発見した。


 今はそこに向かって移動中だが、ゴーレムの動きが少し変わった。


 これまでは、近付いてから槍で突くだけだったが、今は時々飛んで来る。飛ぶと言っても空を飛ぶのではなく、チアリーダーのように複数が組体操をして1体を発射するのだ。プルンプルンが飛んでくる姿は中々良い光景ではあるが、俺のナニを狙って来るのが困る。



「姫、なんでゴーレムは俺の股間を狙うんだ?」



『汚物の処理だと思うわ。又は、高さ的に異世界人の重心の位置で避け難い所を狙っているかね』



 ・・・後者でお願いします。魔物にも汚物と思われてたら立ち直れない。




「姫、これは何だと思う?」



 四角い人工物は、1つの岩で出来ていた。1辺5m程の立方体だ。目立った傷も無く、入口も無い。



『スコップを刺して壊せるか試してみましょう』



 いくら最強の武器スコップでも岩に刺さる訳ないだろ、と思いつつも、俺はスコップを振りかぶった。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・



 地面が揺れ出し、目の前にある立方体の岩が揺れ出した。俺は咄嗟に後方にジャンプして、その場から離れた。


 岩に多くの切れ目が走り、隙間が広がて行く。何か起きようとしているが、近付こうにも岩が巨大で危険だ。変化を見届ける以外に何も出来ない。


 岩は変形を繰り返して高さを増していき、徐々に人型に近付いていく。数分後、誰が見てもロボットの形になった。



「トランスフォームして人型決戦兵器になるって、色々間違ってるだろ!」



『地球の文化がダンジョンを汚染したのか、ダンジョンが地球の文化を汚染したのか、ただの偶然か、判断出来ないわね』



「姫、それよりも、どうするんだ? デカすぎて倒せそうに無いぞ」



 完成したロボットは高さが15mはありそうだ。人間とサイズ差がこれほどあると逃げ切れるとも限らない。


 俺が迷っていると、巨大ロボが動き出した。俺を踏み潰そうとするが動きが遅く、簡単に避けられる。手を振り回し殴ろうとするが、俺には届かない。



『大き過ぎて鈍重ね。コツコツ、スコップで削りなさい』




 巨大な岩で出来た足をスコップで突っつき続けて数時間、効果が見えて来た。



「姫、そろそろ片足が折れて倒れると思う。今の内にポーションをもう1本飲んでおく」



 巨大ロボからの攻撃は1度も受けていないが、岩にスコップを叩き続けると手首にダメージが蓄積する。3本目のポーションの空き瓶を棄てながら攻撃を避けると、その時はやって来た。


 足首が崩れ、バランスを崩した巨大ロボが横倒しになるように倒れていく。地面に叩き付けられた巨体がバラバラに砕けた。俺は、辛うじて原型の残る頭部に走り込み、スコップを突き立てて雄叫びを上げた。



「ポーション3本も飲む事になった俺の苦しみが解るか!」



 ポーションは滅茶苦茶不味い。数時間戦い続けた肉体疲労や精神的な疲労よりも、ポーションを飲み続ける方が苦痛なのだ。


 巨大ロボは黒い粒子になって霧散していった。残ったのは真っ黒い球だった。



『やはりボスだったようね。予定よりも早く決着がついて良かったわ』



 黒い球を拾うと前回同様、頭の中に【クリア報酬としてダンジョンを発生させる】という内容が入って来た。



「姫、疲れた。帰ろう」













 探索120日目。




「姫、昨日1つダンジョンをクリアしたのに、なんで今日もダンジョンに来てるんだ?」



『何を言っているの?最低あと2つはダンジョンを調達するわよ』



 やっと休めると思ったのに、人使いが荒すぎる会社だ。でも俺って会長だから労働基準の適応外なのか?ブラックだと訴える事も出来ないなんて本当のブラックだ。



『余計な事を考えてないで、早くドアを開けなさい』



 姫には俺の考えがお見通しのようだ。俺ってそんなに解りやすいのかな。




 ドアを開けると、草が繁っており遠くには森も見える。見える範囲だけでも、他の冒険者が15組以上いる。それぞれ5人から10人くらいでパーティーを組んでるようだ。



「姫、ここはゴブリンのダンジョンか?」



『そのようね。ゴブリンのダンジョンは人気があるのよ。ゴブリンは多少強いけど、あらゆる物をドロップするわ。食料や魔石、数は少ないけど魔道具もドロップするわ。ゴブリンを倒せるなら効率良く稼げる人気のダンジョンよ』



「まだゴブリンと戦った事無いから、1度戦ってみるか」




 誰もいない方向へしばらく進んでいくと、大きな足音や、早く逃げろ!と怒鳴っている声が聞こえて来た。



「うわあああ!逃げろー」 悲鳴を上げながら5人の冒険者が俺の横を駆け抜けて行く。



 そして彼らが走ってきた方向から、二足歩行動物が追って来た。身長150cmほどで俺よりは小さいが、異世界人よりは大きい。



「あれ。これって、擦り付けられたのか!」



 俺は走ってきたゴブリンの頭部をスコップで横から殴る。倒れ込んだゴブリンの胸にスコップを突き立てる。



「姫の言う通りだ。1対1なら楽勝だ。2対1でもなんとか勝てそうだが囲まれたら厳しいな」



 ゴブリンは黒い粒子になって霧散し、魔石がドロップした。



 魔石を拾うと、先程の者達が戻ってきた。10代とは思うが、身長が低いので小学生にしか見えない。だが雰囲気はチンピラだ。



「おい、お前、ドロップした魔石を出せ!」



「はぁ?何でだ?」



「俺達の獲物を横取りしたんだから、ドロップは俺たちの物だろうが!それに迷惑料も払え!」



 なんだんだコレ。小学生にカツアゲされるオッサンの気分だ。別に魔石なんていらないけど、どうするかな・・・




「お前らが手も足も出なかったゴブリンを俺は簡単に倒したぞ。つまり、お前らよりも俺の方が強いって事だ」



「人の獲物を勝手に横取りして!盗賊行為は犯罪だ!」



 どうしよう。言葉が通じない。知能は小学生以下だな。



『ヨシオ、横取りを怒っているようなのでゴブリンを呼びましょう』



「『〇×▽#〇$%!▽&ΛЖ%(´з`)』」



「おい、何を言ってやがる。早く魔石だせ!」



 遠くから足音が聞こえるが、どう聞いても1体の足音ではない。



『ヨシオ、逃げるわよ。8体に囲まれたら危険よ』



 俺は一目散に走ってダンジョンを出た。


 チンピラ小学生、強く生きろよ!











『ヨシオ、さっさと次のドアに入るわよ』



 ドアを開けると、今までに見た事がないようなフィールド型だった。一面が真っ白、いや銀世界というべきか。雪が積もってる。俺には”耐寒耐性”があるので問題ないが、吐く息は真っ白だ。



 ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、歩くたびに足音が鳴る。歩き方を少し変えると


 キュッ、キュッ、キュッ、キュッ、と足音が変わる。少しだけ楽しい。



 俺は自分の足音に聞き入って、囲まれた事に気が付くのが遅れた。わざわざ音を鳴らせて自分の場所を知らせるというマヌケな行動だった。


 スコップを握りしめ魔物の頭を叩き割り、足で蹴り飛ばして、なんとか間合いを取って立ち回ってはいるが10体ほどに囲まれてはキツイ。叩く、蹴るを繰り返しながら、とにかく必死で戦う。背後から強烈な一撃を受け、吹っ飛ばされて雪原を転がった。そのおかげで、幸い囲まれた状態は脱した。こうなればラクな物だ。正面からの敵を順番に叩くだけだ。2対1でも簡単に倒せた。



「姫、コイツら結構強いな。それに保護色で近くに来るまで気付けない」



 ここの魔物は予想通り、雪ダルマだ。 高さは1m程で手も足も顔も無い、真っ白な雪ダルマだ。



『ヨシオがマヌケなだけよ』




 ドロップは5cmくらいのゴツゴツした白い塊だった。



「俺が知ってる物はもっと小さいんだが、随分デカいな」



『巨大な金平糖ね』



 異世界に来て不思議に思っていた謎が1つ解けた。塩は貴重で高価だったが、砂糖は街にあふれていた。この量がゴロゴロドロップするなら安くて当然だ。




「姫、このダンジョンをクリアするにはボスを探す必要がるけど、こんな所でどうやって探せば良いんだ?」



 探すにしても何もない雪原だ。右も左も真っ白な世界で、何を探せば良いかも解らない。歩き回れば足音で魔物を引き寄せるだけだ。ボスを見つける前に、雪ダルマの相手で手一杯になりそうだ。



『ヨシオ、どう考えてもアレがボスでしょ。上を見なさい』



 空を見上げると、トナカイ?に引かれたソリが上空高く旋回してる。



「あれは、どうやって飛んでいるんだ? それよりも、いつから俺の頭上をグルグル旋回してるんだ?」



『ヨシオ、何を言っているの。ここに入った時から、ずっと監視されてたわよ』



 え!? ずっと見られてた? 攻撃もしないで見てるだけか。意味が解らない。何が目的なんだ。



「あの高さ・・・数百mは有りそうだ。スコップを投げても届きそうにないぞ。このダンジョンは諦めた方が良いか」



『諦める前に、もう少し試しましょう。雪ダルマを駆逐したら降りて来るかもしれないわ』



 姫の基準では”少し試す”が駆逐する事なのか。姫は鬼畜だ。今日も厳しい戦いになりそうだ・・・




 1000体までは数えていたが、今となっては遥か昔に感じる。


 俺は出来るだけ囲まれないよう、雪ダルマと距離を取って戦っていた。結果から言って、それが失敗だったのだろう。


 戦場が徐々に広がって行き、騒ぎを聞きつけた雪ダルマが後方から多数現れる。その雪ダルマからも距離を取るように移動すると、騒ぎを聞きつけた別の雪ダルマが次々後方から現れる。雪ダルマはガンガン集まってくるし、戦場はドンドン拡大する。負の連鎖だ。


 倒した魔物の数は、もう数えていない。どれほど時間が経過したのかも解らない。解っているのは、ポーションを5本飲んだ事だけだ。



 最後の雪ダルマを倒した時、俺はその場に崩れるように倒れた。俺は大の字で天を仰ぎながら、ボソッと口にした。



「姫、終わったぞ。何体倒したんだ?」



『ヨシオ、残念ながら、これからが本番よ。上空から何かが来るわ』



 戦いが激し過ぎて、ボスの事を忘れてた。上空を旋回しているボスを誘き寄せる為に、雪ダルマを狩ったのだ。だがこの状況はマズい。精神的にも肉体的にも疲労困憊だ。


 俺は両目を開けて上空にいるはずの”ソリ”を探す。



 遥か上空では、ソリから何かが分離して地上へ向かって降りてこようとしていた。


 俺が見つけた時には、分離した何かが俺に向かって急降下している所だった。


 ヤバい。何かがここに来る。避けないと。逃げないと。だが体が思うように動かない。



 6本目のポーションを飲んでギリギリ立ち上がり、スコップを構えた。


 上空から落ちて来たのは、全身に赤い服を来た恰幅の良い老人に見えた。


 着地した勢いで雪が舞い上がり、その姿が見えなくなった。



 暫くすると、雪煙の向こう側から黒い粒子が立ち昇り、赤い服を着た老人は消えた。



「あれは本当にボスだったのか?俺、戦ってないぞ」



『落下速度に対して地上での急停止に体が耐えれなかったようね』



 こいつは何の為に降りて来たんだ。もしかしたら、トナカイの方がボスの可能性もあるが、老人が降りて来た理由が解らない。


 雪煙が収まると、真っ黒い球が落ちていた。はやり、老人がボスだったようだ。


 黒い球を拾い、俺は宿へ帰る事にした。




「・・・そう言えば姫、あの時ゴブリンに何て言ったんだ」



『一緒に遊びましょう、よ』




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