第10話アレを装着



 結論から言います。エルフはいませんでした。人間もいませんでした。



 今は街に至る街道の脇に来ている。拠点から2時間の場所だ。ここから街はまだ見えない。こんな場所で何をしているかというと、露店だ。街道を通る人に何か買ってもらう算段である。


 ただし、誰も通らない。エルフどころか、人も通らない。



「姫、寝てて良いか? 誰か来たら起こしてくれ」



『そう。エルフ以外が通ったら、起こしてあげる』



「エルフは最優先で起こして欲しい」




 道端露店を始めて3時間くらい経つ。まだ誰も通らない。



「姫、この道って人が通るような道なのか?」



『整備された道よ。馬車のような輪立ちの跡もあるわ』



 俺には状況を変えるような代案も無い。待つしかない。




「腹が減ったな。焚火して肉を焼いても良いか?」



 姫はドローンを1機だけ飛ばして周辺の安全を確認している。電力だけで24時間働き続けるって凄いな。でも羨ましいとは思わない。俺はラクに生きたいだけだ。姫には俺の分も働いてもらいたい。


 焚火で肉を焙り始めると、『来たわよ。通過まで4分20秒』と教えてくれた。


 第一村人?じゃない。第一異世界人とのファーストコンタクトまで、あと4分!



「やばい。ドキドキしてきた。第一声は何て声をかけてら良いのかな?」



『フザケてないで、早くアレを装着しなさい。それと、絶対に立たないように』



 姫の言うアレとは、バッテリー等を購入した時に一緒に買った有線式インカムである。これを使て、姫が双方向同時通訳を行う。姫が取得した【言語理解】スキルと姫自身のハイスペックが有っての芸当だ。




 馬車がゆっくりと近付いてきて、俺から30mの所で止まった。


 見た事無い服装で、何もない道端で座って、荷物を広げているオッサン。どう見ても、俺は怪しいオッサンだ。


 男性が一人馬車から降りて近づいてくる。



「こんちわ。どうです、何か買いませんか?」



 挨拶、自分の目的、何を求めているか、全てを網羅した完璧な第一声だ。



 男性は俺自身を値踏みするように近づいてきて一言。



「ここで何をしてる」



 あれ? 俺の完璧な第一声は、完全に無視された。コンビニバイト歴40年を甘く見るな!客に無視されるなんて日常茶飯事だ。



「行商を行ってますが、荷物が多くて、誰かに買って頂けたらと思いまして」



 男性は商品をジッと見つめるだけで商品を手に取ろうとはしない。男性の表情が曇る。



 あれ?商品の選択を間違ったか?大学ノート、ボールペン、マッチ、その他諸々、いけると思ったんだけどな。




 男性が無言で馬車に戻ろうとした時、急に立ち止まる。踵を返して俺に駆け寄って来た。彼の目に映っていたのは、俺の昼飯だ。



「君! こ、、、この、肉は・・・売り物か?」



 なんだ、腹が減ってるのか。まぁ俺も減ってるけど。通貨が欲しいから売っても良いか。



「金額次第では売りますよ。いくらで買います?」



 相場が解らないから、買い手の言い値で売るしかない。ついでに、通貨の種類も単位も知らない。



「・・・銀貨、、、1枚・・・では、ダメか?」



「はい。銀貨1枚で売ります。有難う御座います」



 男性は銀貨1枚を俺に渡し、その場でガブリと一口食べた。涙を流しながら「これで今年の分は大丈夫だ」と言いながら食べていた。



 何の事を言っているのか、男性に聞いてみるとビックリ。この肉を食べると1年寿命が延びるらしい。迷信や気休めの類かと思って詳しく聞いたら、普通の人は70才くらいが寿命だが金持ちの中には400才を超える人もいるそうだ。


 俺・・・もう30個以上食ってるぞ。大丈夫か俺? 



「君、実に美味しかったよ。特別な料理法でもあるのかい?」



「焼く前に、塩を振っただけだ」



 自宅から持ってきた、使いかけの食卓塩を見せた。



「・・・買わせて欲しい。銀貨、、、2枚ではどうか?」



「はい。銀貨2枚で売ります。有難う御座います」



 塩も長寿に関係があるのか聞いたが、単純に貴重なだけらしい。




 男性は、ウッキウキで俺の元を去って行った。その喜びようを見て少し不安になる。



「俺、儲かったのか? 騙されて損したのか?」



『塩に比べて、長寿の肉が安過ぎると思います。ですが目的は達成したので、良し とします』

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