第2話トマトだ



「無職になるって思っていたより、あっけない物だな」


 いきなり職を失った。本音では店長に文句の一つも言いたかった。しかし、店長は御年90才の老人で、俺がガキの頃からお世話になった恩人でもある。


 なんとも言えない、モヤモヤした気分で田舎道を運転をする。対向車は皆無だ。歩行者も見かけない。人間が住んでいるのかも怪しく思える田舎だ。


 自宅の前に車を停めて、玄関を開けようとした時に、今朝見た森を思いだした。



「あの森・・・ どうなった?」



 俺は庭を経由して家の裏へ廻る。そこには、トマト畑が有った。家庭菜園で作っているトマトだ。恐る恐る触ってみる。


「うん。トマトだ」


 まだ青いが確かにトマトだ。赤くなる前に追肥として液体肥料を与えようと思っていた。


 裏玄関のカギを開けて、今日の朝与えようと思っていた液体肥料を探すが見つからない。


「まぁ 良いか。 新しい肥料を開封しよう」


 肥料を片手にドアを開ける。




 森!


 森!!


 森!!!


 数分前に見たハズの家庭菜園は、影も形も無い。



「またですか?」



 不意に本音が出た。


 俺は後ずさりして家の中に入ると、ドアをゆっくり閉めた。




 一度、大きく深呼吸をする。



「落ち着け・・・ 落ち着け・・・」



 2度も同じ幻を見るなんて普通ではない。何か原因が有るハズだ。朝と今の共通点を見つければ、原因が特定出来るかもしれない。


 朝は・・・トマトに肥料を与えようとして。今も、トマトに肥料を与えようとして・・・


「!」


 俺は思わず左手に持っていた肥料を床に落とした。


「もしかして、この肥料の成分が手から吸収されて幻覚を見たのか?」


 俺はあわてて台所に行き、手を洗う。何度も何度も手を洗っていると、冷静さを徐々に取り戻せた。


「触るだけで幻覚を見るような薬品が市販されているか?」


 海外ならゼロとは言い切れないが、俺は大手の通販サイトで買った。そんな危険な商品が日本で売ってるハズがない。


 俺は手洗いをやめて、携帯で購入履歴を確認する。


 購入した液体肥料は、国内のメーカーだった。レビューを読んでも、それらしい評価は1つも無い。どうやら、手から薬品が吸収されたという推測は違っているようだ。



「では、何が原因だ?」



 俺はソファーにドッシリと座り、他の共通点を考えた。




「わからん!!」


 幾つかの共通点は有るが、それらは今回に限った事では無い。


 ドアノブを右手で握った事、ドアを開けたのが俺だという事、下着やメガネも同じだが、どの共通点も今日に限った事ではない。


 考えても何も解らない。共通点も原因も解らないが、再現可能か確かめてみよう。何かが解るかもしれない。



 まずは正面玄関から出て、庭を通って家の裏へ向かう。家庭菜園のトマトが見える。トマトをさわる。裏玄関のドアを開けて中に入る。床に落ちている液体肥料を見て、少し躊躇した。


 この肥料は安全だと知っている。知っているが素手でさわる事を躊躇してしまう。



「あ。火バサミを使おう」



 トマトの苗を植えた時に、なぜか火バサミが落ちていた事を思い出した。ゴミに出すのも面倒で、そのままトマト畑の側に置きっぱなしにしたような気がする。




 ドッン!



 火バサミを取りに行こうとドアを思いっきり開けた瞬間、ドアに大きな衝撃が有った。ドアノブを握っていた感覚で、何かがぶつかったのが解かった。


 音と衝撃にビックリはしたが、俺の口から出た言葉は



「液体肥料は関係無いのか!」



 目の前には、森が広がっていた。

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