第八節 夢言水郷 一

「……これが竜宮城かぁ」


 赤を基調とした首里城のような建物。城の入口まで門を挟んであと数百メートルの地点まで近づいたが、近くで見るとそれは、思っていたよりも数倍大きかった。


「この中に羽田野が……でも、その前に」


 リボルバーを取り出し、空を泳ぐサメに向ける。サメは、僕たちの姿を見つけても襲おうとはせず、依然として城の周りを泳ぎ続けている。


 攻撃は仕掛けてこなくとも、城に近づく上で障害になりかねない。


幸願者シャーデンフロイデ――」


「待って」


 上げた腕を横からつかまれ、理念の発動を阻まれる。横を見れば、真剣な顔をした星野が立っている。


 ここは自分に任せてほしい、ということだろうか。


「わかった、任せたよ」


「ありがとう。……『空飛ぶサメなんて、この世にいない』」


 彼女の言葉の後に、サメが水の泡となって消えていく。


「行こう」


 彼女の言葉にうなずき、二人並んで城門をくぐる。


「待て」


 竜宮城の入口に立つ二人の騎士に呼び止められる。

 騎士と言われて思い浮かぶような洋風の甲冑に身を包んでおり、顔は兜に隠れて見えない。いや、兜の下に顔なんてものはないのかもしれない。


「お前らの立ち入りは許可されていない。引き返せ」


「邪魔しないで。『今の時代に騎士なんて――』」


 先程と同じように、星野が騎士を消そうとする。だが、星野が言葉を紡ぐより先に、騎士が溶けて消えていく。


「これは……」


 状況の理解よりも先に、身体を動かす。リボルバーを引き抜き、周囲を見回す。

 これは、明らかに『夢言水郷』の理念だ。攻撃と見なして良いのかは分からない。ただ単に、理念の持続時間が切れただけの可能性もある。


「いくよ、白澤」


 身構える僕をよそに、星野は竜宮城の扉に手をかける。


「待て、誘われている可能性もある」


「ねむちゃんは、そんなことする子じゃ無いよ」


 星野は、そういって竜宮城の中に入っていく。仕方なく、僕も続いて竜宮城の中に入ることにした。


 竜宮城の中は、外から見た様子と異なっていた。普通の、一軒家の内装だった。


 白い壁に、フローリングの床。靴箱の上に置かれた花瓶、写真立て。どこか親近感の沸く、生活感の漂う普通の家の玄関だ。


 羽田野がこうしたのだろう。自分が生活しやすいようにそうしたのか、竜宮城の内装を想像することができなかったのか。どちらであろうと、さして僕に関係のないことだ。


 外見からすれば、室内はかなり広いことになるが、内装の件もある。この建物が一般的な一軒家の広さと同じだとすれば、羽田野を探すのは難しいことではない。


「そういえば、星野。この内装に見覚えはあるかい?」


「ねむちゃん家の内装と同じだと思う、多分だけど」


「そうか。とりあえず、室内を探そう。どこかにいるはずだ」


「そうだね……うわっ」


 星野が廊下を進もうとすると、突如として周囲の光景が歪み始める。


「やっぱり、罠だったかっ!」


「違う、ねむちゃんはそんなことしない!」


 歪んだ玄関を見ていると、その歪みの中に、どこか別の空間が混ざっていることに気づいた。玄関は、いつの間にか開けた森になっていた。


 地面は草花が繁茂しており、周囲を木々が取り囲むようにして生えている。

 そして、この芝生の真ん中には、石の祭壇のようなものがあった。

 天使の梯子はしごが、その祭壇に降り注いでいる。


 その祭壇には、『夢言水郷』こと羽田野音夢が横たわっていた。


「ねむちゃん!」


「……んー?」


 星野が叫ぶ。星野の声に、羽田野が体を起こす。眠気眼をこすりながら、だんだんとこちらの存在を認識する。


「あ、夏織」


 羽田野が祭壇から立ち上がり、笑顔をみせる。


「召使いと騎士を警備に当たらせてたけど、夏織だったから通してもらったよ。そっちの人は、初めましてだね。夏織の友達?」


「特務国防省所属の彷徨者、白澤柳だ。星野とは、君を止めるために協力している」


「そうなんだ。二人とも、私を止めに来たの?」


「どうしてこんなことしたの!?」


 羽田野の何食わぬ態度に、星野が声を荒げる。突然のことに、羽田野は少し怯えたような表情を浮かべ、またすぐに笑顔を取り戻す。


「そんなに怒らないでよ、夏織。……私は、自分の理想の世界を創っただけだよ」


「ふざけないで。そんなの、許されるわけがない!」


  星野の発言に、羽田野が表情を曇らせる。


「夏織なら、わかってくれるって思ったんだけどなぁ……」


「こんなの間違ってる。……だから、私が音夢ちゃんを助けてあげるよ」


「助ける、かぁ……私は、そんなの求めてないよ。求めてるのは、理解と肯定だけ」


「じゃあ、理解してあげる。肯定してあげる。でもそれは、これが終わってからね」


 羽田野の周囲に、二匹のサメが出現する。それは、自分の理想を守るための抵抗。


「私が、王子様になってあげる。お目覚めの時間だよ、眠り姫」

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