第七節 泡沫の夢

 寝坊なんて、本当は私だってしたくなかった。何度も、寝坊しないように心がけたつもりだ。ゲームも、勉強も。睡眠時間を確保するために、できる限り時間を削った。いや、削るべきだった。


 私は、どんな時もやりたいことを優先してやってしまう。やりたいことは、やりたいときにやらないと気が済まない人だった。


 気になる新作ゲームが出れば、販売日に買ってとことんやってしまう。無性に勉強をしたくなった時は、親に呼ばれるか自分が眠くなるまで、勉強に没頭してしまう。


 そういう性格の私にとって、一日二十四時間は短すぎた。やりたいことの多さに比べて、時間が圧倒的に足りなかった。


 だから私は、睡眠時間を削ってしまった。


 普段生活において十二時に寝るとした場合、午前中の学校やお風呂の時間などを省いても、やりたいことができる時間はおよそ七時間あるかないか。それでは足りなかった。


 睡眠時間を削れば、やりたいことをできる時間が増える。私は率先して睡眠時間を削る生活を送っていた。それが、私が寝坊する一番の理由だった。


 でもそれを先生や大人に言うことはできなかった。こんな話をしたところで、彼らにしてみれば他人事。「この世界は好きなことだけをやって生きていける世界じゃない」と言って、私の気持ちや考えに理解も共感も示してくれないだろう。


 実際に聞いてみたことは無い。でも寝坊をするたびに、先生と話すたびに、そう言われているような気がして嫌だった。


 次第に、学校に行くことも嫌になっていった。


 寝坊するたびに、クラスの皆からいじられる。彼らに他意は無かったと思う。「眠り姫」というあだ名を最初に言い始めたのは誰だったか忘れたが、私は別に嫌っていなかったし、むしろ好きなくらいだった。


 でも彼らにいじられるたびに、私は彼らが心の中で本当は何を思っているのかが気にかかった。


 私をからかう言葉とは裏腹に、本当はバカにしているんじゃないか。そういった考えを、私は彼らに軽口を叩くことで誤魔化していた。


 それらすべては、おそらく私が思っていたよりも負担になっていたのだろう。実際に私は縺れてしまったわけで、日々「時間なんてものが無ければいいのに」という理想に囚われることになった。


 縺れた時、これは夢だと思った。寝ぼけた私の見ている、嘘みたいな夢だと思った。


 時間なんて無ければ良いと願った私が、どうして世界を夢に包み込む理念に目覚めたのか不思議でたまらなかった。でも、今となっては理解できる。


 夢の中なら、何だってできる。現実が夢の世界になれば良いと思ったのは、私だ。


 私が本当に望んでいたのは、「無限の時間がある世界」や「時間のない世界」ではなくて「やりたいことがやりたいだけできる世界」だったのだ。時間がなく、なんでもできる夢の世界。やりたいことをどれだけやっても時間は有り余るほどある。それが、私の本当の理想だったのだ。


 そして私は、朝海区を夢の世界にした。


 朝で地区を閉ざし、光の蝶や空飛ぶ魚で地区を彩った。朝海区を、文字通りの地区にしたわけだ。

 ついでに、地区中の人を眠らせた。地区中の人を彼らの夢の世界に案内したのだ。ただ、一人の例外を除いて。


 その後に私は、自分の城を建てた。


 城を建てる意味は特になかったが、やりたいことができる広い場所が欲しかったのだ。それと、自分の「眠り姫」というあだ名に関連させたのもある。


 朝海区に似合いそうな竜宮城をイメージして作った城。内装は自分の家を元にしたため、白い壁にフローリング。完全に、外見がハリボテと化しているが、特に問題は無いだろう。


 私は城の中に、基本的な暮らしに必要な設備の他に映画館を作ったり、ゲーム設備の整った部屋を作ったりした。望んだものは、全部作れる。記憶があやふやでも、この理念が補ってくれる。


 欲しいものはすべて手に入るし、やりたいことをどれだけやっても時間を気にする必要もない。


 ここは、まさしく理想郷ユートピアだった。



「ふぃ~……さて、次は何をしようかな」


 やりたかったゲームを数本クリアした私は、机の上にコントローラーを置いた。ゲームをする用の部屋は、私の部屋とほぼ同じ内装をしている。勉強机と窓は無いが、代わりに近未来的な照明と虹色に光るゲーム設備がある。


「はぁ……なんか眠いな……」


 今、私の効果範囲外は何時頃だろうか。まぁ知ったところで意味は無いか。とりあえず、仮眠を取ることにしよう。


「今から仮眠するから、何かあったらよろしくね」


「承知しました」


 部屋の外にいる召使いに、仮眠することを伝える。この城の中には、召使いが十人、警備として騎士が三十人いる。城の周りは、サメなどが泳ぎ回って絶えず警戒している。全て、理念で創り出した。


 ベッドに入り、瞼を閉じる。いろいろと起きたことで疲れたのだろう。迫りくる睡魔に、私はゆっくりと意識を預け、眠りに沈んでいく。

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