第五節 白馬の姫

「そういえば、君、名前は?」


星野夏織ほしのかおり。高二だよ」


「じゃあ、年下だね。僕は、高三らしいから」


「らしい……?」


 そう、らしい。


 僕には、一切の記憶がないのだ。小鳥遊の理念によって基本的な情報は補填しているが、縺れた理由だけは、頑なに教えてもらえていない。


「過去の記憶が無いんだ。おそらく、縺れたことが原因」


「そんな……じゃあ、ねむちゃんも……」


「可能性は低いけど、否定できない」


 縺れは心身への負荷から引き起こされる現象だ。それ故に、精神疾患の症状も伴って現れることがある。基本的には、縺れたことで打ち消されることの方が多い。


「羽田野が何処にいるかとか、分かる?」


「分からないけど、家にはいなかった。彷徨者になったって電話があったけど、それっきり。こっちからの連絡には反応してくれないの」


「そうか」


 道に落ちている小石を三個ほど拾い上げる。


機械化メカニクス


 小石を三羽の鳥の機械に変える。

 かつて壊滅的被害をもたらした心郷、「機械戦線」の理念だ。なんでも機械にすることができるので、捜索に重宝している。


同感覚マルチ


 三羽に自分と感覚を共有するための理念を付与する。視覚と聴覚を共有したので、ある程度捜索範囲を広げることができるだろう。三羽を空に向けて放り投げる。各々羽を広げ、四方に散って飛んでいく。


「じゃあ、あとはしらみ潰しかな」


「心当たりある場所は数か所あるけど……」


「とりあえず、そこを回ってみよう」


「わかった。じゃあ、こっち。案内するね!」


 星野が走り出す。それに置いて行かれまいと、つられて僕も走り出す。


 星野と羽田野が通っていた小学校、中学校、一緒に遊んだ公園。

 思い出のある場所を順番に回っていくが、何処にも彼女はいなかった。


 それに、町中は嫌なほどに静かだった。自宅待機命令が発令されているとはいえ、どの家にも電気がついていないのはおかしい。はっきり言って異常だ。


 まるで、この町に僕らしかいないような。


 それに、サメなどの攻撃的なオブジェが少ないことも気になる。


 外の時間では捜索してから一時間経つが、ここまでに遭遇したサメは五匹程度。

 遭遇率の低さが、この町の静寂に拍車をかけている。


「本当に何処にいるんだ、ねむちゃん……」


 星野がぼやき、次なる目的地に歩き始めた時、鳥が何かを捉えた。


「待て、鳥が何か見つけた」


 町の外れに、この地区には似つかわしくない建物があった。

 首里城でも元にしたのだろうか。赤を基調とした、宮殿のような建物があった。


 海の世界だから、『竜宮城』と形容することにしよう。


 竜宮城の周りには藻のような植物が密集しており、まるで森の中の様だ。


 鳥で更なる接近を試みるが、サメや見たこともないような大型の魚類が、竜宮城の周囲を守るように泳いでいるため、思うように近づけない。


「城がある……この町に、城とかある?」


「いや、無かったはずだけど……歴史的な建物とかも無い」


「じゃあ、あそこだ。かなり距離があるけど……僕の力ならすぐ着くだろう」


 十中八九、『夢言水郷』こと羽田野音夢はあそこにいるだろう。場所がわかれば、あとは攻撃を仕掛けるだけ。


 そのためには――


「……」


 横にいる星野に目を向ける。彼女は、僕の目線に首をかしげる。


「星野、君を縺れさせる」


「……え?」


「簡単に言えば、君を彷徨者にして、羽田野と戦ってもらう」


「なんで、私がねむちゃんと戦わなくちゃいけないの?」


 それもそうだ。僕が戦えばいい。


 だが、これも作戦なのだ。


 見ず知らずの人が「理念を捨てろ」、つまりは「理想を諦めて、現実を見ろ」だなんて、火に油を注ぐようなものだ。

 流石の僕でも、理想を形にする理念に抵抗されたら勝てる気はしない。


「僕より君の方が、彼女のことをよく知っている。君の方が、彼女に寄り添えるんだ。」


「……そう、なのかな」


「心郷は、縺れの原因を解消することで理念と共に解消される。僕は彼女の理念を『奪う』ことはできるけど……」


 理念を奪うことは、あまり推奨できる方法ではない。やっていることは、鳥の羽をもぐようなもの。最悪の場合、別の縺れを誘発する可能性すらある。


「君に、彼女を助ける気はある?」


「もちろん……だから、私はここにいるんだよ」


 分かりきった質問か。だが、覚悟は口にすることによって、より強固になる。


「僕が君をサポートする。君は、彼女を助けることだけを考えればいい」


 彼女に手をかざす。


「……さっきは、僕なら救えるなんて言ってごめんね。羽田野を助けられるのは、僕よりも君なのに」


「いいよ。それよりも、ありがとう。私は、助ける方法も何も考えないでねむちゃんを探して彷徨さまよってたから……こうして、あなたに導いてもらえて感謝してる」


 理念が発動する。




 『夢言水郷』領域内時刻、七月十七日六時十八分。

 星野夏織が彷徨者となる。

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