晴れた天啓のリベリオン

未橙

第1話 世界の秘密

1

『この世には、天界と魔界というものがある。天界には天使が住み、魔界には悪魔が住んでいる。我らは互いにいがみ合っており、何度か世界を揺るがす戦争を起こしているくらいには仲が悪い』――「天界の起源」より抜粋



***


静かな廊下に歌声が響く。


「任務、任務〜、下界で〜任務〜〜、人間さんに〜会いに行く任務〜〜」


年若い天使・リディーは自身が勤める組織の廊下をスキップ混じりで歩いていた。目的の部屋の前に着くと、話し声が聞こえるのにも構わずノックもせずに扉を開ける。


「聞いてよスティさん!僕ついに人間界に行ける任務を任されたんだ!って、あれ?」

「あら、こんにちはリディー。トラブルメーカーのあなたが人間界に行けることになるなんて成長したのね。私も誇らしいわ」


中にいたのは、部屋の主人の科学者であり研究者でもある、何でも作れると名高いスティと、もう一人。


「こんにちは!僕リディーって言うんだ。あなたは?」

「…おい、なんだこいつは」


怪訝そうにリディーを見つめるのは、白髪の青年。その頭上には天使の白い輪とは違うが輝いている。スティが青年を紹介するように間に立った。


「彼はヘヴ。あなたも名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかしら」

「ヘヴさんか!よろしく!」

「ヘヴで良い……が、他に何もないのか。オレは」

「あっ!!もしかして!!!」


ヘヴの言葉をリディーが大音量で遮る。彼は満面の笑みで続けた。


「封印番号01さん、か?」

「……そうだ。思い出したか」


封印番号とは、天使が訳あって封印している悪魔たちを識別する番号のことである。現在は01番から05番までの悪魔が封印されている。


「あれ?ならどうしてヘヴはここにいるんだ?」


どういうことだろうかと疑問を口に出す。


リディーは以前封印されているヘヴを見たことがある。彼の働く組織に入った天使は研修の際に「本部に封印されている悪魔」を一度見学することを義務付けられているからだ。しかしその時確かに封印されていたはずの彼が今目の前に立っている。


その疑問にはスティが答えた。


「私が封印を解いたの」

「凄い!でもそんなに簡単に封印は解けるの?」

「そこは秘密よ」


唇に人差し指を当てるスティにリディーははい!と返した。


「私の話についてくることができる天使はいないから、やっぱり話し相手が欲しくて……他の皆には内緒よ?」

「内緒だね、分かった!」

「驚くほど素直だな、お前」


思わずと言った風にヘヴが呟く。その後、違うといった表情で話を再開した。


「ではなくて……オレは悪魔だぞ。何も思わないのか?」

「何も…?ああ、やっぱり黒い輪も綺麗だね?」

「なんなんだこいつは…」


悪魔の出現が確認されてから今まで、天界と魔界の間では何度か大戦が行われているが、一般的な天使なら悪魔との戦争に賛成をする。過激な戦争賛成派もいるが、そこまでいかずとも悪魔を良く思わないのが普通だ。


「珍しい友好派よ。良い子でしょう?」

「ここに来る奴が変人だということがよく分かった」

「あらひどい」

「事実を言ったまでだ」


にこにこと会話を聞いていたリディーだったが、ハッと何かを思い出したように叫んだ。


「あっ僕これから大事な任務があったんだった!スティさん、ヘヴ、また後で!」


バイバイという声のエコーが廊下と部屋に響く。にこやかに見送るスティとは対照的に、ヘヴはため息をついた。


そして、わずか数十分で同じ声が同じ部屋で響いた。


「ただいま!」

「速すぎないか!?」

「彼はおバカだけど天才なのよ。人間界はどうだった?」

「とても楽しかったです!」


それにしたって速すぎるとヘヴがぼやく。しばらく人間界でのことを興奮した様子で話していたリディーだったが、ふとヘヴの方へ向き直って言葉を発した。


「ところでさっきは何を話してたんだ?」

「さっき?」

「ほら、悪魔が生まれるのは天使のせいだ、とか!」

「「!!」」


スティは驚いたといった表情で、ヘヴはしまったといった表情で固まる。


先に驚愕から覚めたのはヘヴ。少しの差でスティも硬く体を動かした。


「……失敗したな。こんな所で話すべきではなかった」

「ええ、そうね……ごめんなさい」


謝罪の声色は本物だったが、彼女は続けた。


「でもヘヴ、見方を変えればこれはいい機会なんじゃない?あなた言っていたでしょう、って」


その言葉を聞いたヘヴはバッとスティの方を見、信じられない、と愕然とした顔をする。


「おいまさかこいつとか?確かに変えたいとは言ったが……」

「変えたいって、何を?」


へヴがスティとリディーの顔を何回も往復して見る。最後にスティを見て、苦汁を舐めたような表情で数十秒考え込み、リディーに問いを投げた。


「…お前、リディーだったか」

「なんだ?」

「お前は、世界を敵に回す覚悟はできるか?」

「世界、を?」


流石に面食らったのか、リディーは目を見開いた。ヘヴはつかつかと棚に歩み寄り、ある液体が入った小瓶を手に取って掲げた。


「それができないなら、スティこいつの薬を飲んでとっとと失せろ」

「何の薬なんだ?」


リディーが指さして問うと、中身の制作者であるだろうスティが答える。


「…少しだけ、記憶を失う薬よ。もし飲めば直前の数十分ほどのことを忘れることになるわ」

「えっ、じゃあヘヴのことを忘れるのか?」

「忘れるでしょうね」


驚いたようにヘヴを振り返るリディーの背に、スティは続ける。


「私から勧めておいてなんだけれど、リディー。あなたが平和を望むのであれば、この薬を飲んでここを去った方がいいわ。常識的に言えば、その方があなたのためになる」


声の後、数秒の沈黙が部屋を満たす。


「……僕は」


それを破ったのは、リディーの声だった。俯いているせいで表情は分からない。


「僕は、ヘヴの力になりたい」


それを聞いて、ヘヴはぴくりと眉を動かした。呟いたリディーは一人で何度か頷き、笑顔になって顔を上げた。


「覚悟を決めるよ!友達だもんな!」

「友達じゃない」

「えっ」


即座に否定したヘヴの声にリディーはショックですと言いたげな顔をする。その顔を見て良心が痛んだのか、ヘヴは焦った様子で顔を逸らしながら言葉を続けた。


「……友達かは置いておいて、二言はないな?」

「もちろん!」


本当に?と確認するヘヴに、心配性だな!とリディーが返す。違う……と呟き頭を抱えた後にヘヴは扉を指差した。


「じゃあまず、休暇をとってこい。なるべく長めのな」

「分かった!」


すぐさま扉に向けて踵を返したリディーにヘヴが叫んだ。


「絶対にこのことを他の天使に漏らすなよ!お前の友人にもだぞ!」

「大丈夫!」

「あ、リディー、うちの人によろしくね!」

「はい!」


笑顔で走り去るリディーを見て、大丈夫なんだろうな……とヘヴがぼやく。それにスティが大丈夫よ、約束は守る子だからと返した。


「僕、休暇もらうの初めてだ!ラルさん、許してくれるかなあ」


廊下を走るなと書かれた紙の前を走りながら、リディーは言う。その顔は好奇心と期待とで輝いていた。


ちなみに、リディーの上司、ラルとスティは夫婦である。根っからの科学者気質であるスティと、その行動に振り回される苦労人なラルの話は組織内でも有名だ。


トラブルメーカーのリディーのせいでラルの胃痛の種が格段に増えていることも有名だ。知らぬは本人ばかりである。


「ヘヴは何をするつもりなんだろう、楽しみだな!」

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