おばけのアパートに住んでください
口羽龍
おばけのアパートに住んでください
弘之(ひろゆき)は20代前半。朝から夜遅くまで仕事をしていて、定時で帰った記憶がない。毎日とてもつらい日々だが、必ず報われる日が来るだろうと思い、頑張っている。だが、なかなか訪れない。それに、夜遅くまで仕事をしていて、精神的に崩壊しそうだ。
弘之は引っ越そうと思った。通勤時間が1時間近くて、大変だ。もっと近い所に引っ越さないと。しばらく考えた末に、職場の最寄り駅から3つ目の所にある駅の近くに、安くていい物件があったそうだ。
以前の住まいの最寄り駅を出て数十分後、新しい自宅の最寄り駅にやって来た。そこは都会の中にあるが、少し閑散としている。
「ここが最寄り駅か」
ホーム柵と連動し、電車のドアが開いた。弘之は電車から降りた。それと共に、何人かの乗客が降り、代わりに何人かの乗客が入った。
程なくして、発車のベルが鳴った。なり終わると、ホーム柵と電車のドアは閉まり、電車は走り出した。目的地のアパートはまだ見えない。どんなアパートだろう。楽しみだな。
改札口を出て、弘之は左の出口に向かった。新しい部屋は駅から徒歩1分ぐらいの距離にある。すぐに見えるはずだ。
「こっちだったな」
新しいアパートに向かいながら、厳しい毎日を思い浮かべている。いつになったら、こんなつらい日々から抜け出せるんだろう。早く定時に帰れるようになって、楽になりたい。
程なくして、弘之はアパートにやって来た。そのアパートは少し古びた外観で、ここに住む人がいるのかと思うぐらいだ。駅の近さ、安さを考えて、ここに決めたんだ。もう後戻りはしたくない。頑張らなければ。
「ここか。ちょっと古いけど、まぁいいか」
アパートの前には人がいる。このアパートの管理人のようだ。少し不気味な雰囲気だけど、まぁいいか。今日からお世話になるんだし、そんな事を言ってはいけない。
「お邪魔しまーす」
「はーい」
管理人は声が小さい。そして声も不気味だ。
「今日からお世話になります、木山弘之です」
「あら、初めまして」
それと共に、管理人はこれから住む部屋に案内した。この部屋は家具がほとんどいらなくて、私物だけで大丈夫らしい。それでいて、とても安い。信じられなかったが、この機会は絶対に逃がせないと思い、この部屋に決めた。
「こちらの部屋でございます」
「どうも」
案内された部屋は2階建ての2階だ。部屋は鍵で開けるもので、オートロックではないらしい。
弘之は部屋に入り、見渡した。言ったとおりだ。家具がそろっている。こんなにいい物件はないな。
「本当だ。全部備え付けてある。便利だな」
弘之はしばらくここでくつろいだ。あまりにもいい場所だ。外観とは裏腹に、内装はとてもきれいだ。こんな所に住めて、幸せだと思った。
それから弘之はいつのまにか寝てしまった。その中で思い浮かべるのは、朝から夜遅くまでの苦しい仕事での日々だ。
ここ数か月、弘之はつらい日々を送っていた。残業ばかりで、好きな事ができない。仕事はうまくいっていて、みんなから信頼されている。だが、好きな事ができないというトラウマからなかなか抜け出せずに、苦しい日々を送っていた。
「はぁ・・・」
弘之はため息をつくと、そこには1人の男がいる。同僚の川瀬だ。1つ年上で、とても優しい。
「大丈夫か?」
「何とか」
弘之はがっくりしている。好きな事があるのに。それを犠牲にしてまでも仕事をするなんて、つらすぎる。
「最近、かなり疲れてるぞ」
「うーん・・・」
と、川瀬は思いついた。弘之は1時間近くかけて職場にやってくる。もっと新しい場所からここに通勤したらどうだろう。少しは楽になるかもしれない。川瀬は立ち直ってほしいと思っていた。
「引っ越したらどう? 通勤が長くて大変でしょ?」
「でも・・・」
弘之は思った。引っ越しても変わらないだろう。改善する方法なんて、ないだろうと思っていた。
「考えた方がいいよ。将来のためだもん」
「そ、そうだね。頭に入れておこう」
そして川瀬は仕事に戻っていった。それを見て思った。引っ越すだけで、変われるんだろうか? 試しに、比較的近い所へ引っ越してみようかな?
弘之が目を覚ますと、もう外は暗い。夜だ。そろそろお腹が空いてきた。コンビニで何かを買ってこよう。
「さて、コンビニ行こうか」
弘之は部屋の鍵を閉めて、コンビニに向かった。家のすぐ近くにコンビニがある。
コンビニに行く間、弘之は明日からまた始まる仕事について考えた。明日はどれぐらい残業するんだろう。全くわからない。だけど、立ち向かわないと。
「はぁ・・・。明日からまた仕事か・・・」
弘之はコンビニにやって来た。コンビニには夜でも多くの人がいる。その中には、喫煙をする若者がいる。だが、弘之は彼らに全く目を向けずに、コンビニに入った。
「また頑張らなければいけないのか・・・。つらいな・・・」
弘之は夕食とおやつを買って、コンビニを後にした。弘之は肩を落としている。先の見えない未来。どうすれば満足できる生活になれるんだろう。全くわからない。
弘之は家に帰ってきて、晩ごはんを食べながら、ネットサーフィンをしていた。ここ最近、友達に会っていない。友達は今、どうしているんだろう。仕事が忙しくて、なかなか会えない。存在が薄れていないかどうか、心配だ。
あっという間に夜の11時になった。明日は朝早くに出なければならない。明日からまた頑張らないと。
「もう寝よう・・・」
弘之はベッドに横になり、寝入った。
その夜、弘之は何かに気が付いた。何かがいるような気配だ。鍵は閉めて、誰も入らないようになっているのに。どうしてだろう。
「うーん・・・」
弘之は目を覚ました。目の前には白いおばけがいる。まさか、ここにはおばけが出るとは。でも、悪い事はしないようだ。とてもかわいい。
「えっ、おばけ?」
弘之は辺りを見渡した。すると、家具が全部なくなって、おばけになっている。ここの家具って、全部おばけだったの?弘之は驚いた。
「家具が全部おばけなの?」
「うん! 驚いた?」
「もちろんだよ」
1匹のおばけが笑みを浮かべた。まさか、こんな物件に住むとは。でも、嫌ではない。寂しい日々を送っていたから、誰かがいると、寂しくない。
「僕たち、嫌?」
「嫌じゃないよ。かわいい!」
弘之はおばけを撫でた。ひんやりしていて、気持ちいい。おばけって、こんな触り心地なんだな。
「ありがとう!」
「アヒャ!」
そして、おばけは消えていった。それを確認して、弘之は再び眠った。
朝目覚めると、おばけは元の家具に戻っていた。そろそろ出勤時間だ。途中で朝食を食べて、向かわないと。
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
家具になっているおばけは家を出ていく弘之を見送った。誰かが見送ってくれるだけで、どうしてこんなに嬉しいんだろう。そして、疲れが取れるんだろう。
夜9時過ぎ、弘之はいつものように家に帰ってきた。定時は夕方なのに、3時間ぐらい残業で、こんなに遅くなってしまった。定時なんて、忘れてしまいそうだよ。早く定時に帰れるようになりたいよ。
「ただいまー」
「おかえりー」
そこにはおばけがいる。それだけで嬉しい。と、弘之は思った。昨日に比べて、部屋がきれいだ。まさか、掃除もおばけがしたんだろうか?
「あれ? きれいだな」
「僕が掃除をしたんだ」
やはり、おばけが掃除をしたようだ。家事もこなしてくれる。なかなかいいやつだな。ここのおばけの事がますます好きになった。
「本当? ありがとう」
「どういたしまして」
そして、おばけは元の家具になった。ここなら快適に過ごせそうだし、全然寂しくない。いい物件に巡り合えたな。
おばけのアパートに住んでください 口羽龍 @ryo_kuchiba
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます