女神と僕の転生相談

「お目覚めですか?」

どこかから女性の声が僕の耳に届いた。

「う、うぅうん~」

僕はうめき声をあげながら目を開けた。

そして辺りを見渡し言葉を失った。

一面に真っ白な世界が広がっていたのだ。


「え、えっと........天国?」

僕は540度回転してそう呟いた。

全てが白で埋め尽くされていた。


「えぇ、そうですね。天国ではありませんが死後の世界であることは間違っておりません」

どこかからコツコツとハイヒールの歩行音が聞こえた。

音のする方を振り向いて僕は息をのんだ。


「うわぉ........」


「お初にお目にかかります。アランと申します」

女性は僕に微笑を向けた。

なんと表現していいか分からない........

美人?セクシー?妖艶?

まぁとりあえず薄い布切れ1枚を巻いただけの誰もが息を呑むような超絶美人がそこにいたのだ。僕の鼻は重力に従って下へ下へと伸びていった。

長いまつ毛に縁どられた透き通る瞳、薄桃色の艶のある髪、柔らかそうな唇........何より、たわわに実ったHはあるであろう——————


「申し訳ないのですが、心の声は全て聞こえておりますので—————

そのあたりで.........」

アランと名乗るその女性は苦笑いして僕の思考を遮った。


「ハハハ........すみません」

気まずー!やばいやばい........

めっちゃ気まずいんですけど........


ん?そんな事より、ちょっと待てよ........そういえば........

「僕死んだよな?」

すっかりその事が頭から抜けていた。

なんで僕は会話できてるんだ?

「はい、それらの事については今からお話いたします」


女性は髪の毛を耳にかけ話し出した。


うわー、色っぽ........


「まずあなたは電車に撥ねられ11分前に死亡しました」


やっぱ死んでたのか........


「えと、僕いちおう意識ははっきりしてるんですけど」


「そうですね、ここにはあなたの魂を召喚していますので意識はあるかと........ですが肉体の感覚はないのではないでしょうか?」


そう言われてみれば........確かに。

体を動かそうと思っても動かす足も手もないという事に気づく。


「というか聞き忘れてたんですけどアランさんは何者なんですか?」

ただの露出美人というわけではないだろう。


「私は生と死をつかさどる者、命を扱う事を許された女神です」

アランさんははっきりとそう告げた。


「おぉ........神........」

まぁそんなところだろうと思っていたが実際目の前で言われてみるとビックリするな........

というか神様ってほんとにいたんだ........しかもこんな薄着で胸のデカ........


「それで……なんで僕の魂は召喚されたんです?」

死んだら記憶とか全部消されて新しい人間になるとかならないとか........って話をどこかで聞いたことがあるのだが。


「あなたを転生させるためです。この世界とは異なる世界へ........」


「え........」


「今、異世界で大変な事が起こっています。復活した魔王によって異世界の人々の平和は終わりを迎えようとしているのです」


「魔王ですかー、そりゃ大変ですねぇ~........って、は!?え!?もしかしてそこに僕を転生させるとか言う気ですか!?」

ラノベあるあるか!?


「えぇ。あなたは魔王を倒す勇者として選ばれたのです」

アランさんは真剣な眼差しで僕を見据えていた。


勇者だと........!?

僕が!?

「いやいやいや、無理無理!!あんな進んで人助けするような偽善者になるなんて僕には無理です!

あっ、え?まさか、これドッキリか何かですか!?もしかして僕死んでなかったりして........スタッフさん出てきてください!」


僕は辺りを見回したが人っ子一人いなかった。


「残念ながらあなたが死んだのは紛れもない事実です。小さな子供を助けてね........最後の最後まで誰かのために命を投げ売って行動した........そんな勇気あるあなただからこそ私は勇者として転生させようと思った。どうかこの願いを聞き入れてはいただけませんか」


アランさんは上目遣いで僕の顔を覗き込んできた。(魂だけの為、顔は存在しないのだが)


長いまつ毛の下に覗く澄みきったブルーの瞳をゆらしながら........

おい、反則だろ........

今、体があれば反射的に抱きしめてしまいそうなほどの可愛さだった。


絶世の美女の上目遣いを前にして僕は反論の言葉を失った。

出かかっていた言葉を飲み込んで逃げ道を探る。


「え、っと........あっ!って、てかアランさんがその魔王倒せば手っ取り早い話なんじゃないんですか!?生かすも殺すも自由なんでしょ?わざわざ僕を転生させなくても————————」


「いえ、私はあくまでもこちらの世界の神、違う世界の生命には干渉できないのです。それに私に許されているのは決められたタイミングで生命を誕生させる事と奪う事のみ。つまり自由自在に命を扱えるわけではないのです........」


「えー........」

神様ってのもそんなに良い物じゃないんだな........

僕はアランさんの視線に耐えられず目を泳がせた。

少しの間僕たちの間を沈黙が包む。


「お願いします。どうか........勇者として........」

アランさんには僕以外の人間を転生させるという選択肢はないのだろうか。

深々と頭を下げる。

神様に頭を下げさせるなど、来世で呪われないだろうか........

今から不安で仕方がない。


「........なんで........僕なんですか........?適任なら他にたくさんいたでしょ」

普通なら少し考える時間のいる質問。だがアランさんは迷うことなく

口を開いた。


「あなたが........誰よりも人の事を、見ず知らずの他人の事をも考える人だと知っているから........」

彼女の視線は僕を捉えて離してはくれなかった。


だが彼女が言っている事は間違っている。

「僕はそんな善人じゃないです........ただ波風立てないよう生きてきた事なかれ主義者だ........誰かに頼まれると断れないんですよ........喧嘩になるのが怖かった。ただの弱虫です。」


「........そうですね........」


「まさかの肯定!?」

そこ否定してくれる流れじゃないの?ソウデスネ??


僕は予想外の答えに混乱していたがアランさんは言葉を続けた。

「でも........相手の事を思い、相手のために行動し、相手がどうすれば喜ぶか四六時中考えられる人はなかなかいませんよ。たとえ嫌々でもね?私はそんなあなたをずっと尊敬していましたよ」

アランさんはそう言って少し笑った。


「それ褒めてくれてます?」

僕は苦笑いで尋ねる。


「えぇ。最高級の褒め言葉です」


「神様もジョークを言うんですね」


「神はジョークを言わないなんて誰が決めたんです?」


「........確かにそうだ」

僕は可笑しくなって少し笑った。


「僕は........死ぬ直前、生まれ変わったら平凡になりたいって願ってました。勇者になるって事はそれなりの力を与えられるんですよね?魔法とか、剣術とか」


「はい、魔王を倒すために私があなたに与えられる物は全て」


「やっぱり........力があるから頼られる。死ぬ直前に気づいたんです。僕なんか生半可に勉強もスポーツもできたせいで色んな人に頼られてばかりでしたよ........

助けてくれ助けてくれって、僕にできる事なんか限られてるのにね........

まぁ結局何が言いたいかっていうと~。

僕はあんな人助けを自分から喜んでするような勇者ぎぜんしゃになんてなりたくありませんし、本音を言えば人を助けるなんて面倒な事はしたくないです。人助けという行為がバカらしいとすら思います。

でも————————

誰かを助けるための力があって困る事はないのかもしれませんね。力がなければ何もできませんから」


死んだ今なら僕が送ってきた人生は、僕に与えられた能力は無意味なんかじゃなかったと思える。

少なくとも勉強もスポーツもできないわけじゃなくて幸運だったのかもな。


「そうですね」

アランさんはにっこりと笑っていた。


「あぁ、勇者になっても僕は自分から行動はしませんよ?あくまで受け身の姿勢は変わりません。面倒ごとに首は突っ込まないし魔王討伐の旅になんて出ませんからね?それに必要最低限しか人助けもしません。人の事を考えるのは疲れるんです。そんな僕でいいならどうぞ」


アランさんはクスっと笑った。

「分かりました」

満足そうに頷いた彼女の瞳はきらきらと輝いていた。


「そうですか」

僕は覚悟を決めた。


アランさんが詠唱を始めると同時に僕を取り囲むように金色こんじきの魔法陣が出現する。


「うわっ、すご」

光が僕を包み込んでいくのが分かった。

何も見えない。


「目が覚めた時あなたは赤ん坊になっています。混乱なさらないよう。

そして、私が渡せるかぎりの力は託しました。どうか........あちらの世界の人々をよろしくお願いします」


顔は見えなかったがアランさんの力強い言葉が僕に届いた。


「まぁあんま期待しないでくださいね」

光が一段と強くなり一瞬だけ辺りが暗くなった。

僕はその時異世界への扉をくぐったような気がした。


アランさんが転生間際、何か焦ったように

「あっ、ちょま」と言っているのが聞こえた気がしたが気のせいだと思う事にした。不安でしょうがなかった。




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転生勇者は事なかれ主義 夢のまた夢 @hamburger721

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