第20話
(なぜ笑っていられるんだ!?)
その英の疑問はすぐに解消された。
「別に私や我々志士の考えだけで全てを覆そうと思っているわけではないのだよ」
そんな松蔭の言葉に対して桂は鋭い視線を向けたのだが、松蔭は全く気にすることなく言葉を続ける。
「上様はこの国の未来を憂いておられるのだ!」
ここからの話は先程よりもさらに重要な話になってくると思われる。英としては心して聞かねばならないと思ったのだが・・・。
そんな事は2人にも分かっている様だ。
「上様が?」
と桂が思わずそう漏らすと松蔭はコクリと頷き言葉を続けた。
「確かに私も外国勢力に対する武力行使というものには賛同する所ではあるのだがね・・・幕府というのは結局のところ今の帝を盤石にするためのものなのだよ」
そんな発言を聞き今度は英も首を傾げてしまう番だった。
(どういう事だ?)
そんな疑問を感じる英とは対照的に、井上と桂の2人は松陰の発言に納得した表情を見せていた。
「なるほど・・・そういうお考えでしたか」
「なるほど!よくわかりました!」
こうして英が1人混乱していると、そんな英の様子を見て察したのか松蔭は彼等にも伝わる様に説明をし始める。
「つまりですね・・・幕府というものは帝のためにあります。そして朝廷はこの国を牛耳る力を持っている組織です。つまりは朝廷がこの国を動かしているとも言えるわけです。ならば朝廷の考えも反映してもらわねば筋が通りません」
そんな松蔭の言い草を聞いてようやく英にも理解ができてきた。
(要するに今の将軍である徳川家茂は自分達の都合のいい傀儡にすぎないと)
そう理解してくると思わず噴き出してしまったのだが、井上も桂もこれには反応していた。
「何を笑っておられるのか!」
2人が何故その様に怒ったのかというと、もし事実であるならば自分達の上の者が操られているなどということを認めたくは無いという恥ずべき思いからだろう。
それは理解できるのだが英としてはあまり大事になって欲しくはないというのが正直なところであった。
「これは失礼をばいたした。しかしながらこれも国を守るための苦肉の策なのでございます」
そんな英の言葉に納得してなさそうな表情ではあったが、それでも彼等は沈黙を貫いてくれたのでホッと胸をなでおろす。
「だからこそ!私達は失敗してはいけないのだ!」
そんな松蔭の言葉には、思わず英も背筋が伸びてしまうほどの強い意思を感じたのだった。
そんな彼の意思を汲み取ったのかどうかはわからないが、桂が素直に頭を下げ謝罪をしていた。
そして再び話し合いが始まったのだが、その内容とは彼等と攘夷志士が合流するという話であった。
(まあそうなるだろうな)
と思う一方で懸念もあったりする英だったが・・・。
それは次の言葉ですぐに解消される。
「英殿、そちらの方はこちらで頼めぬか?」
「・・・わかりました」
そんな英の返事を満足そうに頷くと松蔭は改めて2人に頼み事をするのだった。
「では井上、桂頼むぞ!我々はこれから密談を行う故もう誰も近づけさせたりはしないように!!」
2人の返答を聞いた松蔭は満足そうに笑みを浮かべると部屋から出て行ってしまう。
そんな後ろ姿を見送った井上達は何やら複雑な表情を浮かべて会話をし始める。
「これからどうなる?」
という井上の問いかけに桂は即座に答えた。
「解らぬが少なくとも我らだけでは此処から脱出する事は困難であろう」
そんな桂に同意をしめしながら井上も話す。
「私もそう思う・・・しかし英殿だけでも確保出来たのは大きいと言えるだろうな」
そんな2人の言葉に英の表情は曇っていくばかりである。
(僕の事を考えてくれる事はありがたいけれど、それで彼等の命を危険に晒してしまっては意味が無いじゃないか)
そんな英の考えを読んだのか2人はすぐさま口を開く。
「しかしそうも言っておられぬであろう」
(?何を考えておる)
そう疑問を浮かべていると今度は桂が告げる。
「この御仁以外にも狙っている者は大勢いるのだろう?」
(この人はいったい何を言っているんだ!?)
そう思っていた英だったのだが、それよりも先に井上が桂に問い返す。
「それは真か!?」
そんな井上の問いかけにも彼は飄々とした表情で答えたのだった。
「信じるかどうかは其方次第だ」と・・・そしてこう続けるのだ。
「この御仁が長州藩の敵となった時、我等はソレに加担せよというのだぞ?」
その言葉を聞いてしばし考え込み始めた井上だったが少しすると観念したのか口を開いてきた。
「・・・わかった、その話受けようではないか」
そう言った井上に対して桂は驚いた様子を見せながらも返事を返す。
「ならば後はもう行動するのみだな?」
そんな桂の言葉に一つ頷くと井上は英に目を向けてこう言ったのだ。
「では英殿!またいつかお会いしよう!」と・・・。
「・・・さて、どうしたものか・・・」
そんな一人になった部屋で英は思わず言葉を漏らしてしまうのであった。
(どうやら僕は完全に2人の掌の上で転がされていたという事の様だな。今となってはそう思うしか無いよな)
そう思いつつも英は気になっていたことを尋ねてみたのだった。
「あの方々だけで宜しかったのですか?朝廷に関してはどうされるのでしょうか」
松蔭としても大人数で押し掛けるよりも彼等だけの方が都合がいいだろうと考えていただろうが、そもそもの問題としては彼等だけでは攘夷を為す事などできるはずないのだから・・・。
そんな英の質問に対してあっさりと松蔭は言葉を返して来た。
「特に気にしてないですよ」
そうあっけらかんと答える彼に英は少しの苛立ちを感じてしまったが、反論したところで何も変わらないと思い聞き流していた。
そんな英に構うことなく松蔭は話し続ける。
「貴方が話せる人だというのは江戸でのやりとりを見て分かっていたのですから気にすることはありませんよ」
(そんな事で分かるのか?)
そう思いながらも自分では日本国籍を持ち日本語を母国語にしている英でも他の国の言葉を喋れる者などごまんといるからその内の一人と判断しただけだろうと思ったのだが、もしかしたら松蔭には人の本心を読む目の様なものでもあるのかと考えてしまう。
そんな風に考えながらも疑問を口にする事無く聞いていたのだが、その次の言葉を耳にして考えを改めることになる。
「それに仮に貴方が本当に朝廷側だとしたら明治政府の中核に居座る立場になる可能性もある訳ですから余計に協力を仰がなくてはならなくなりますしね」
「!?」
そんな爆弾発言を告げられて英の脳内ではクエスチョンマークが浮かんでいた。
(なんでそんな発想が出てくる!?)
そんな英の驚きを他所に松蔭は平然とした様子で話を続けたのだ。
「誰だって自分が最も心地よい生活をしたいと考えているでしょう?だからこそ金が欲しい!飯が食べたい!女を抱きたい!!と思うんですよ。しかしながら今のこの国では欧米諸国に対抗するのにそれだけの力を持ってしまっているのです」
(ふむ・・・)
英は松蔭の言葉に耳を傾けているが、彼の中では大きな疑問が生じていた。
(なんでこの国の内情を詳しく知っている?いやそもそもどれだけ日本の事を知っているんだ?もしかして僕よりも日本の事を深くまで知っているのではないかという考えさえ浮かんで来るんだが・・・)
そんな英の動揺を余所に松蔭は尚も話を続ける。
「なればこの国を操ろうと考える者達がこの日本に集まってきてもおかしくはないという事ですよ」
(確かに僕からしてみれば筋の通る話ではあるのだが、だとしても一国を動かす組織の主であるならば全てを把握しておく必要がありそうなものだが・・・?)
そんな疑問まで浮かんできた所で松蔭はとあることを英に尋ねてきた。
「そう言えば貴方様は戸籍制度を導入するよう政府に進言している御方だとか」
(それ誰から聞いた!?)
そんな英の疑問はよそに松蔭は続けた。
「ならばそちの方が幕府よりも我が国を把握されているのではないか?」
(だからこそ敵うわけがないか・・・)
そう内心で考えながらも、これ以上の隠し事は無意味だと悟ったので素直に白状した。
「貴方は本当になんでもお見通しなのですね・・・」
そう言いながら自分が考えた事を話し始めたのだった。
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