第19話
↓ 第11代藩主の毛利孝子は英の事を病を患っておりいずこかへ逃亡したと説明する。
(しかしそんなのは事実ではなく桂に対する気休めに過ぎなかった)
↓ その様な話が信じられる訳もなく長州藩では英を捜索するべく3つに分かれる事となる。
1つ目は、英捜索のために九州まで足を伸ばそうと画策する者 2つ目は、あくまでも薩摩藩に匿われた英が桂達に危機を告げ知らせてくれたのだと信じる者達 3つ目は、勝手な想像上の話で『才谷梅太郎』という架空の人物を信じている者 ↓ そして今に・・・というわけである。
桂は松蔭から説明された一連の経緯を聞いて呆然とした気持ちで話を聞いていた。
「そんな・・・」
そんな様子を見た松蔭だったが気を取り直して話の続きをするのだった。
「まぁそういう訳で英君は元徳公の子として身を隠している事だろうがね」
松蔭はそう告げたものの内心は穏やかではなかった。
(最悪・・・とまではいかずとも重治君の手によって殺されていたりしていなければ良いがな)
そんな松蔭の心の内に気付けない桂だったが、とりあえず疑問に思った事を松蔭へと問い返した。
『才谷梅太郎』とは『寺田屋』事件などで長州を救ったとされる架空の人物である。
(今はそんな事などどうでもいい!)
そんな苛立ちを覚えつつも井上聞多は声を張り上げていた。
「御無礼!桂先生に質問させていただきたい!貴方は本当に長州藩のために、長州藩を立て直そうと考えておいでか!?」
そんな井上の態度に英はヒヤッとする感覚を覚えていた。
何せ井上も攘夷思想を持つ志士の1人なのだから無理もないであろう。
(さてどうなる事やら・・・)
そんな風に感じていた英だが、すぐに事態は最悪の方向へと向かってしまう。
それは松蔭の次の言葉によって火蓋が切られた。
「当たり前だろう?」
まさかの発言に井上は思わず大声で反論してしまう。
「そんな馬鹿な!貴方は現実を見ておられるのですか!」
そんな井上に松蔭はこう告げる。
「お前達はこの動乱の先に何を見る?長州の尊王攘夷と異国への危機感はどこに行ったのだ?」
「尊王攘夷は存じておりますが・・・危機感とは何のことでしょうか」
そんな井上の疑問に松蔭はすぐに答える。
「わからないか?お前はこのままではこの国から火種が消え去ってしまうであろうと思っていないという事だな?」
そんな松陰の言葉に彼は声を荒げて反論した。
「だからこそ帝より我等長州こそが信頼されるべく動こうというのに!異国が来てしまったら終わりなのですぞ?」
そんな井上の言葉に松蔭は告げる。
「お前は日本をいったいなんだと思っている!どうせ諸外国から幕府が攻撃を受けると信じて怯えているのだろう!?違うか!?」
そんな風に強く問い正す様に言われると、どうやら図星だった様で井上聞多は声を荒げてこう反論してきた。
「我々こそが世界を知る武士としてこの国を治めるに相応しいのです!」
(なるほど・・・そういう事か)
そんな会話を聞きながら英は何となく理解した。
彼は勤皇の志士ではあるが思想などより武力による攘夷こそが『尊王攘夷』だと思っていたのだ。
長州内部に存在する2つの派閥にはそもそも決定的な違いがあったのだ。
それは、攻め来る外国勢力からの防衛を行うという点である。
そんな彼等が“この国を、日本を守る”という目的の元に一致団結できたのなら或いは・・・そう思う程に両者は別物なのだ。
そもそも勤皇派とは何なのか?彼等の活動には先にも述べたように西洋列強という得体の知れない存在からこの国を守るために天皇を中心にまとまろうという考えを持った者達の総称である。
(坂本龍馬がその様な考え方を体現したのが維新の志士であったという事を考えれば、私が先程まで思っていた事は間違いではなかったのだろう)
例えば幕末の三舟に挙げられる西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允が勤皇攘夷に熱心であるという事は多くの者が知っている事だろう。
そして彼等を倒幕へと促した武市半平太(瑞山)や岡田以蔵などの明治維新期の志士達への影響は大きいものでもあるのだが、それはまた別の話である。
しかしながら、そんな勤皇派の中でもその考え方を大きく違えている者達がいたとしたらどうだろう?
『大久保利通』とは薩摩藩出身で加治木藩の下級武士の子でありながら薩摩の西郷、土佐の板垣と並ぶ三名臣と言われる程の人物だ。
『坂本龍馬』は土佐藩出身の郷士の子である。
そんな彼がこれから進む道を指し示すため己の指針とした人物はいったい誰なのだろう?
勤皇派と尊王派の違いを理解しているはずの松蔭ならばその答えに辿り着いているかもしれないという期待をしてしまう様な英の考えは間違っているだろうか?
そんな疑問を抱きながら英は彼等の会話へと耳を傾けていく。
「井上、お前は外国勢力をどう思う?」
そう松蔭に問われた井上聞多だったが、そんな問いに対して彼はこう答えた。
「敵です」
それは間違いでは無かったと言えるだろう。彼は本気でそう思っていたから・・・。
(時代を読み間違えると取り返しのでかなくなる様な事になるものだな)
英はそう思いながらも彼等の会話に耳をかたむける。
「では諸外国が武力ではなく”賄賂や女を使った政治的工作で操ろうとする”ような者達だったらどうする?」
そんな松蔭の質問に井上は何も返答することができなかったのだが、代わりに井上とは対極に位置する一人である桂小五郎(後の木戸孝允)が口を開いた。
「それは先ほど先生がおっしゃられていた長州藩の問題では無いでしょうか?京を中心にして何としてでも異国を打ち払わなければならないという理想を掲げたにもかかわらず、長州の者達は皆楽観的すぎるのではないでしょうか」
この桂の発言には英も賛同を覚えた。
(自分の上に立つ人間を悪い様に言うのは少し気が引けるが彼等よりはマシか?)
そう思った英だったのだが、松蔭は全く気にした様子を見せなかった。それどころか笑みを浮かべている様だった。
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