第21話

(今彼は何て言ったんだ?)

松蔭の思考は完全に停止してしまっていた。

そんな彼に構うことなく英は話し続けたのだった。

「改暦など行わずに日本という国は小さい国家のままでいけばよかったのではないかと僕個人としては考えています」

(僕はとんでもない発言を聞いちまったんじゃないのか?)

そんな松蔭を余所に、なおも英は話を続けていく。


「そうすれば諸外国の圧力を強めなくてもすんだのかもしれないと考えています」

その様にいう英に、ようやく思考を取り戻した松蔭が疑問を投げ返す。

「ですがそれは天皇家を中心とした今までのあり方を否定されている事ではありませんか?」

(こやつ何を言っているんだ?)

そう思ったからこそ出てきた問いだったのだが、意外にも英の返答はあっさりとしていた。

「僕にとっては日本という国の文化が失われる事の方が怖いです」

(・・・こいつ何考えているんだよ・・・)

そんな事を思いながらも松蔭は気になる点を尋ねてみることにする。

「貴方様は侍の魂というものが無くなればお国の発展は無いとも思えるのですか?」

(何故ここまで踏み込んだ!?)

そんな彼の疑問に対して英は即答する。「そんな事は無いでしょう」

と答えるのだったんだ。

その答えに対して一瞬だが表情を歪めてしまった松蔭だったがそれに気付いたのか気付いた様子を見せずに英は言ったのだ。

「何故そう思われたのですか?」

(そうだよな?その通りだよな?)

そんなことを思いながらも松蔭は平然と答える。いや、松蔭は不安なのだ。彼もまた英とは違う形でこの国の行く末を案じているのだから。

そんな彼に対して英は小さく呟くような口調で告げるのであった。それは本当に小さく短い単語であったが聞き逃しはしなかったのだった。

そんな英の言葉を聞いた瞬間松蔭は思わずビクッと身体を震わせてしまった。

そんな彼に追い打ちをかけるような一言が告げられた。

「貴方も・・・同じような事をお悩みなのではないのですか?」

そんな英の一言に松蔭は今度こそ完全に固まってしまった。

(・・・なるほど・・・そうか、そういうことか・・・。くっくくくっ!!やはり面白い御方だ)

そんな彼の頭の中ではもう既に目の前の人物を暗殺するという考えが完全に消えてしまっていたのだった。

(こんなにも大胆不敵な人物はそうはいまい。仮に私が暗殺したとしてもきっと眉一つ動かさず私をこの江戸幕府の未来を案じていた重鎮だと評し続けるのだろう。それどころか後の事まで考え予想して私が失脚するように仕向けてくるだけだろう・・・)

(もう素直に協力を申し出てしまってよいのではないだろうか?そうして日本という国の行く末を後世に伝える役割を受けた方がいいんじゃないだろうか?いや、そうするしかこの国が生き残る術は無いかもしれない。私もまた国に人生を狂わされたのかもしれないな。)

そんな考えを纏めながら、松蔭はようやく決意を固めたのだった。

「協力させて貰ってもよろしいでしょうか?」

そんな松蔭の言葉に英は頭を抱えながらも仕方なく頷いたのであった。

その頃長州藩では・・・・・・・・・ 長州藩の面々が今後のことを話し合っていた。そんな時ふと桂小五郎が今思い出したかのように声をかけた。

「そう言えば長州における動きはどうだ?田中」

「はぁ・・・」

(なんでこの人は俺みたいな奴に構うんだよ!?)

そんな思いを抱きつつも無視するわけにもいかずに返事をする。

「・・・尊皇攘夷を唱えている者達が徐々に勢力を伸ばしていると報告を受けております」

そんな田中の言葉に桂は満足そうに頷くと言った。

「そうか、ならば次は・・・」

(こちとら貴様如きと話している暇は無いだよ!!さっさと次の標的を公表しろよ)

内心で悪態を付きながら桂の言葉を待った。

「次は奥羽だな」

そんな桂の言葉に田中は頷いたが内心では冗談じゃないと思っていた。

(ここから東北ってどんだけ距離があると思ってるんだよ!?)

そんな事を考えつつも口に出したりはしないあたり彼の忠誠心を表しているのだが、それは別の話としておこう。

ともあれその後も話し合いを続ける2人なのであった。

2人はこの後も話し合いを続けていった結果結論に達したようで、桂小五郎は1通の手紙を認めると宛先を記入して藩邸へと届けさせた。

それがどんな結果をもたらすのかまだ2人や幕府側ですらわかっていなかったのであった。

4月8日

「う~んむむむっ・・・」

もう我慢ならねぇ!! そう思いながらも俺は今現在机に向かっている訳なんだけども・・・

(マジで今更って感じなんだがやっぱり納得がいかないんだが!?何故?どうし て!ここまで英の野郎に邪魔されなきゃなんねぇんだよ!?)

そんな俺の気持ちも知らずに目の前には老中様からの書状が1通。

(か~~~~っ、やってらんねぇな!!)

そんな愚痴を心中で零しつつも、すぐに気持ちを切り替えて手紙の内容に目を通していく俺だけどさ・・・。

いや~!頭が痛いっすわ。

その内容っていうのがね?

その1・周布政之助の件 その2・蓮池一之丞の一件 その3・立原のことについてだな。

(まさか2つもこんな事になろうとは・・・)

そんな俺の思いとは裏腹に次々に山積みになっていく仕事の数々・・・。

(あの野郎ぜってぇ許さねぇからな!!今度あった時が貴様の人生で最後の日だ!覚悟しておけよ!?)


そんな恨み節を抱きつつも俺は仕事を消化する為筆を振るうのだった。

はぁ・・・それにしても思う訳ですよ。

俺がこんなことをする必要はあるのでしょうか!? そんな疑問が頭の中を駆け巡っていくのですが、この事態を引き起こした原因の一端は俺にもある訳で・・・。

(納得いかねぇ!納得いかねぇよ!?)

でもこうなったのは誰が悪いのかと聞かれたら「誰だろうね?」って話になってしまうんですがね?まぁ実際には別に誰も悪くは無いんですよ(英除く)。

要は行き場の無い怒りをぶつける先がないって感じですかね・・・。はぁ~あ・・・ ってなると、やるっきゃねぇわな!!っていう話なんですよ。

(うし!さっさと仕事終わらせて休みに出かけるぞ!!)

そんな決意と共に筆を動かすスピードを早めていくのであった。

まぁそんな感じで怒涛とも言えるような日々を送ってきた俺だったのだけれども流石に疲れてくる訳でな。

そんな中でようやく仕事が一段落ついて一息吐けた頃にやっと思った訳ですよ。

(英の野郎絶対泣かす!)

そんな決心と共に、いざ行かんと屋敷を出ようとする俺の背後から・・・。

「若、どちらに?」

などと俺を制止する声が響き渡るが俺はそれに答えることもせず黙ったまま進む事だけに専念するんだが・・・。

そんな俺に負けじと再び声をかけて来る男がいたのだった。

「若!何処へ行くおつもりですか!」

そんな男の言葉に俺は止まって振り返り様に言い放った。

「決まってんだろう?英の所だよ」

(そうして二度と俺の邪魔をしないよう地獄を味わってもらうんだからよ)

そう決意表明をしながら更に歩を進めようとしたのだがまたしても呼び止められてしまう。

そしてそちらに目を向けてみると・・・あれ?おっかしぃな?声の主の姿が無いんですが、どこに行ってしまったんでしょうかねぇ~。

「若!」

俺がそんなことを考え始めた直後、その声は聞こえた。どうやら声の主はさっきからずっと俺の目の前にいたみたいなんだが俺は一切気づかなかったらしいな・・・。

(マジで死にかけなんじゃねえのか俺?)

そんな俺の悩みなんか知ったこっちゃ無いといった具合に尚も呼び続けるその男だったが・・・

「若!もし英殿の屋敷に行くのならば私も連れて行ってくださいませんか?」

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