第17話

「協力してくれると言うなら心強い、ぜひ力を貸して欲しい」

そう言ってくる桂に対して久坂も頷きながらもこう返した。

「ここでしかと働きを見せましょう」

そんな会話で英救出劇が幕を開けようとしていた頃。

京都はまさしく嵐の前の静けさを迎えていた。

そんな中にあって長州藩邸の方はというと伊藤の報告を耳に入れた井上達が大慌てをしていたのだ。

(しまった……)


(松蔭先生の英君を、皆がいるここ桂様の家にいさせるのは危険かもしれん!)

そう思いつつもどうする事も出来ないと確信した井上は河上彦斎の方を見ながらこう言う。

「私達は急ぎ桂様の邸へと向かいます、河上様はどうなされます?」

しかしこんな問いに答えてる場合じゃないと思ったのか、河上は井上の胸ぐらを掴むとこう叫んだのだ。

「何を言っておる!おぬしは松陰先生の弟子である英君を助けに行かねばならんじゃろうが!」

(何を言っている、このままでは長州藩邸で保護していた事が露呈してしまうではないか)

そんな河上の想いに応えるべく井上も彦斎にこう伝えた。

「我々の方は私に任せて貴方は一刻も早く桂様の邸へ行かれよ!」


(こうなったら私と彦斎殿の二人で戦うしかあるまい・・・幸いにもここには残るという者もいる様だし・・・)

井上はそう思い周りを見渡したのだが、よくよく見てみるとそこには驚愕の事実が存在している。

それは・・・松代藩の出身者を護衛するためにこの場に留まっている筈の松江藩・津田帯刀(つだ・たてわき)までも桂の家にいたからである。

(そんな馬鹿な……桂殿に会いに来ただけならばいいのだが……このタイミングとなると怪しすぎる!これはまずい事になったかもしれんぞ・・・)

彦斎殿は英君を助けに行きたいだろうが、桂殿の家にいると分かっても尚この様に護衛をすると言い張り続けるのは桂殿と松蔭先生の関係を知ってしまう事になる。

そうなったら英君が長州藩邸にいる事が幕府側に知られてしまうやもしれん。

そう思うが余りか井上は焦りながらも河上にこう言葉を投げかけてしまったのだった。

「頼む彦斎殿!ここは堪えてもらえぬか!」

そう口にしてしまったのだ。

『津田帯刀』とは、長州藩に影響力の強い第9代藩主・毛利吉元が輩出してきた由緒正しい家系である「津田家」の家の三男として誕生した。

元々は二十六万八百石の旗本だった津田家に長男が生まれるも次に生まれたのは女の子(萩姫)で3人兄弟の末っ子として育った彼だが、吉田松陰の指導によって自らが持つ思想と近い物を抱き成長する事となる。


彼の実兄達は有名な幕末の志士「松下村塾」の出身で、吉田松陰の思想に同調し勤皇思想を抱きながら長州藩に仕えている者達である。

しかし彼は兄達程ではないもののやはり吉田松陰の思想に共鳴しており『尊王攘夷思想』を強く持っていた事もあって桂小五郎や後の維新の功労者となる坂本龍馬などとも交流を深めていった経緯がある事で知られる人物として有名である。


『尊王攘夷思想』について。

長州藩はこの思想を持っている人物が多く吉田松陰もその一人であるが、それに加え彼らの中心には幕末期の三大陰謀家・小五郎の他に五代才助がいる事が大きな特徴といえる。

(どちらも質の悪い人間だが、この両名が関わっている事からも余程の人物という事が言える)

それでもまだまだ終わりではなかった。

こうしている内に長州藩邸内でも・・・。


「井上さんはいったいどうするおつもりか?」

『五代才助』とは、水戸藩家老・天狗党の変や稲田騒動(俗に言う安政の大獄)などを中心に暗躍した人物で吉田松陰と並ぶ尊王攘夷思想の担い手でもある。

「私が行かねば長州藩邸を守りきる事が出来ぬかもしれん・・・」

その様な事を口走った井上に対し、今度は江東小楠と名乗っていた頃からの同志である金子重輔が諫めに入ったのだ。


『金子重輔』とは、尊王攘夷思想を持つ長州藩の志士であるが同時に奇兵隊創設や五箇条の御誓文の起草などをした人物として有名である。

「井上さん!あなたのした事は正しい!あの英という少年を助けるには誰かが向かうしかないのですからここはこらえられませ!」

そんな江東小楠の言葉に桂も同調するのだが、そこで口を挟んでくる者がいた。

その人物とはもちろん・・・。

桂にとっての因縁の相手と言えよう。

「井上よ、よく言った!英君の救出は俺達に任せてもらおう!」

そう話す彼は久坂玄瑞。

第2次長州征伐の時に会津藩兵相手に戦闘を繰り広げながらも敗北し降伏する事になった人物なのだ。

(実際には長州藩が戦って負けてるのではなく幕府軍が手を抜いていた様なのだが)

とは言っても実際に敵前逃亡したという事もあり現在は『臆病者』の汚名を負ってしまっている。

そんな久坂のここでの発言に桂が抗議するのは当然の事ではあったが・・・。

「またその様な事を!貴方は長州藩の長、ここで英君を助けるなどという危険を冒される訳には・・・」

しかし久坂は反論してきた桂に対して自身の想いをぶつけた上でこう言い放った。

「その長たる俺がここにいるのだから何も問題ないであろ?」

そうやって話を続けていく中、遂に幕が開き始める。

そう・・・松陰との再会を果たすべく河上彦斎達が動き出したのだ。

そんな彼等は桂・久坂邸に入り込むと隙を見て英を連れて脱兎の如く移動を開始する。

それもそのはずで、河上達は元々この八咫の間を去る準備をもう既に開始していたのだから。

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