第16話

河上は、英に見とれていたというのだがそれを松蔭が知った時彼女が何を思うか……。

そして河上と共にこの場にやって来た黄村も考える。

(今日ここで生き延びる事ができるとするならば、何か変わるだろうか?)

そんな思いを抱きながらも寺田屋の方へと向かって行った彼等であったのだがここでまさかの出来事が起きてしまう。

それは、桂達が滞在している寺田屋の2か所で騒動が起きた事にある。

長州藩邸の方で起きた騒動だが。

こちらは英達が去った後の「八咫の間」で起きた事件とだけ記しておこう。

まず、この寺田屋では長州の藩士の井上聞多が宿泊しており松陰から届けられた手紙を開封し読み進めていくのだがその途中である人物達がある提案を行い始める事になる。

それは桂久蔵の提案であり、それを実現可能になる策を井上が提案し今現在に至る。

しかし桂はこの案にある問題を感じてはいたがそれを表に出す事なく事態が進んで行く事になる。

そんな長州藩邸はというと、藤田五郎達が町中にて遊んでいる様子が見られる。そんな折に、当の本人である吉田松陰という人物は何をしているのかと言うと。

館下(長州藩邸付近の広場)で剣を習う少年達の指南役として滞在しているのである。

『八咫の間』とは、長州藩邸の客室の1つだ。

この『八咫の間』には英を誘拐したとして連行してきた河上彦斎と桂久蔵が共に滞在していたのである。

つまり寺田屋にて騒動が起きた時には、今この場にはいないという事なのだ。

そこで桂は皆に向かってこう告げた。

「俺に任せておけ」

「先生お得意のお告げかな?」

と彦斎が問うのだが桂は首を横に振るとこんな事を口にする。

「実は俺の叔父に当たる吉田稔麿の嫡男である信介が八咫の間付近へとやって来ているのだ」

(確か長州派の重鎮で、桂君にとっては父上・兄上以外で尊敬できる数少ない人物の一人か)

久坂はそう思いつつもあまり関心はないといった態度を示しながらも桂に質問をぶつける。

「彼が何故ここに?」

「一つは京都にある自分の別宅に遣いの者を寄越したのですが、一向にその連絡が来ない事から様子を見に来た様子……そしてもう1つ」

そこで桂は一度口を噤むのだがやがてある言葉を皆に向けてこう言った。


「そちらはさして大事な事ではないので聞き流してもらっても構わないのですが・・・」


「うん?」

(そこまで言うという事は重要な事だと思うのだがな)

そんな久坂を他所に桂はこうも言った。


「今日この八咫の間に滞在する事になった桂小五郎と長州派の中心人物の1人・吉田稔麿殿の間柄を知り、叔父信介は英君を我が長州藩に引き入れる事を提案しようと提案しに来たのだ」


(成程、そういう事か)

久坂が理解するにはこれで十分なのだが桂はすぐにある事を皆に問いかける。

何故、その様な事を言ったのかという真実を・・・それはここから始まる。


「皆、これから話す事はあまり他言せぬ様に」


「まぁ別に構わんがな……」

桂の言葉に応じる形で彦斎はそう言いつつも、その言葉に同意するかのように久坂もまた頷いたのだった。

すると桂はこんな事を口にし始めたのである。

「実は今日この八咫の間に叔父の信介がいる事にはある理由があり」

そんな桂の言葉に松陰が問いかけた。

「実は八咫の間には桂君がいて、その近辺には私や久坂君達がいるという事になるが……もしかすると〝敵・味方関係なく〟という事かな?」

桂はそんな問いかけに少し躊躇しつつもこう口にした。


「……まぁそういった事でございます」

こう答えると同時に、長州派の有力者である河上の方を見ながらさらにこんな事を口走った。

(この方も、何かしら気づいているかもしれないな・・・)

そんな桂に対して河上は再び問う。

「桂殿、その理由は?」

この問いかけに対してもまた躊躇いを見せるものの、こう切り出したのである。

(別に問題ないだろう・・・)

そう思うが早いかその重い口をとうとう開き始めたのである。

それは未だ長州藩邸で待機している者達にとっては重大なニュースと言える事態ではあるのだが。

しかしそれよりももっと重大で厳しい事態に陥ってしまった事でもあった。

長州藩邸にはある急報が届けられたのである。

それは『三家老』の内の1人ともいえる中間(ちゅうげん)伊藤助作からのものであった。その知らせは松蔭も知る事となったのだがその内容はと言うのがこのような内容だったのだから一大事と言えるかもしれない。


(なるほど、いよいよかな?)

(伊藤さんも想定より早く行動されたものだ・・・しかしどうするべきだ?)

伊藤からの急報を聞いた2人は、つい先程の桂の発言と照らし合わせながらこう考え始めるのだった。

その報告内容とはというと・・・。

(史実ではいつになるかはわからないが・・・)

(この時点からであろうな、あの人が来るのは・・・)

吉田松陰には当然の如く判断が付いたのだが、久坂の方はどうだったかというと彼は既に察してしまっていたのだ。

もちろん英の身柄に関する事であり、伊藤の報告とは・・・。

「松陰先生の弟子が何者かに拉致された」

という事である。

(これは想定より早いかもしれない)

(長州藩邸で匿われていた件が露見してしまったか・・・それに何より先生の弟子である英君の居場所を彼等に知られるのは避けたいのだが……)

そんな思いを抱く久坂なのだが、同時に彼は先程桂の発言によって助けられた事もある為か、ある提案をする事を決めた様である。

「桂殿!」

「?どうした?」

そこで彼はこんな事を口走った。

「私をこの『八咫の間』にいる人達に協力させていただけませんか?知っての通り私は貴方の下につこうと思っているのですが、正直桂殿の提案した事はとてもよく考えられた物であると思っております」

そんな彼の想いに応える様に桂もまた笑みを浮かべながら答える。

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