17 観光

 それは、よく晴れた日だった。市内に積もっていた雪も少し溶ける程度に日差しがあり、観光するにはもってこいの気候だった。

「どこか、見たいものがあるのでしょうか?」と尋ねるアレクシアに、ヴィルヘルムは少し首を捻っては、

「ベッカー州の州都では、シュヴァルツェンベルク市の印象はワインです。だから、ワイナリーは見てみたいですね。市内では、アレクシアにとって特別な場所に訪れてみたいです」

 彼はそう答えては微笑んだ。


 それでは、と言ってアレクシアが最初に向かった先は、教会から見て中央広場とは反対側に進んだところにある、小さな公園。周囲を三階建ての家に囲まれているこの公園には円形のベンチがあり、その周囲には多少の雑草が生えているだけ。要すれば、何の面白味もない。

「ここは、……一体?」

 ヴィルヘルムが想像していた観光地とはあまりにもかけ離れていたのだろう、彼は戸惑いを隠せない表情をしている。

「ここは、私が幼い頃から慣れ親しんでいる公園なんです」

 彼女はそう答えながら、円形のベンチに腰を下ろした。


「楽しいことがあっても、辛いことがあっても、何もなかったとしても、頻繁にここを訪れました。理由はわかりませんが、ここに来たら落ち着くんです」

 アレクシアが語っているところに、八十歳ほどになるだろう老婆が歩いてきた。ただ散歩をしている様子だ。

「あら、アレクシアちゃん。また来たのね。今日はどうしたの?」

 老婆は立ち止まっては、アレクシアの隣にゆっくりと腰を下ろし、彼女に顔を向けた。


「いいえ、今日は少し外の空気を吸いにきただけです」

 笑顔で答えるアレクシアに、老婆も笑顔で応える。

「いつもと一緒ね。……こちらは?」

 立っているヴィルヘルムを見上げて老婆が尋ねた。

 しかし、アレクシアが「えっと……」と答えを探していると、老婆は、

「そう。誰か、いい人ってことね」と呟きながら立ち上がった。

「そうですね。えへへ」と笑っているアレクシアに手を振った老婆は、そのまま公園を去っていった。


    ◇◆◇


「アレクシアは、街の方とも本当に仲がいいんですね。先ほどから、誰かに会うたびに談笑している気がします」

 クレマー川沿いにある小さなレストランで、二人はパスタを食べていた。クレマー川を挟んで反対側にあるワイナリーに向かいながら昼食を食べる場所を探していたところ、偶然見つけた店だ。二人が食べているパスタは、リッチェル王国で有名なハムを使ったペペロンチーノで、見た目が華やかな上に味もいい。


 ここに到着するまで、たくさんの市民と出会い、彼ら彼女らはアレクシアと一言二言の会話をしていた。それを見て、ヴィルヘルムは、彼女がシュヴァルツェンベルク市内の人々と本当に親しいのだろうと感じていたのだ。

「いえいえ、みなさん本当に良い方が多いんです。私はみなさんに良くしてもらっているばかりで……」

「それは、アレクシアが本当に素敵な人だからこそ、みなさん優しく接してくれるんですよ」


 謙遜しているアレクシアに対し、ヴィルヘルムはパスタの麺をフォークに巻き付けながら話す。

「そんな、……」

 そう言いながら、アレクシアも彼と同じようにフォークに麺を巻き付ける。そしてそれを口に運んでは、

「美味しいですね、このパスタ」と適当に話題を変えようとした。

「はい、本当に美味しいです。このお店は以前からご存じだったのですか?」

「いいえ、実は、今回初めてで…………」


 アレクシアは、もう長年住んでいるのに恥ずかしい、と頬を赤くして笑ったが、その姿でさえ愛らしい。

 ヴィルヘルムは彼女の微笑む姿を、ただ幸せそうに眺めていた。


    ◇◆◇


 パスタを食べ終わってからは、クレマー川を渡った反対側、ワイナリーがあるシェーンベルクにやってきた。アレクシアが案内した先は、幼馴染の家が経営するワイナリー。ブドウ畑の入り口までやってきたところ、二人の姿を見つけた女性が畑の中から出てきた。


「アレクシア、久しぶりだね。元気にしてた?」

 陽気に挨拶をした女性は、ドーリス・ファーバー。

「ドーリス、久しぶり。元気にしてましたよ。ちょっと、この方がワイナリーを見たいらしいので、よければ何かないですか?」

 アレクシアの話を聞いて、ドーリスは「あー、あるある。ブドウ持ってくるから、ちょっとそこで待ってて」と言いながら、ブドウ畑の奥へ戻っていった。


 アレクシアとヴィルヘルムは、ドーリスからブドウの栽培のことや木樽が積み上がった熟成の様子などを紹介してもらい、別れを告げた。

 そうして迎えた夕方、二人は教会への道を進めていた。

「今日は楽しかったです、アレクシア。また、今日みたいに散歩できたらいいですね」

 ヴィルヘルムの言葉にアレクシアが返す。

「はい、本当に楽しかったです。……絶対、またご一緒にお願いしますね」

 艶笑する彼女は、珍しく曇りのない顔をしていた。


    ◇◆◇


 それからまたしばらくしてからのことだが、ヴィルヘルムといる時間がアレクシアにとっては幸せだったはずなのに、手放しに喜べないことも出てきた。

 アレクシアが昼食を食べ終わった後、たまたま一人で孤児院の上にある教会で休んでいる時だった。

「アレクシア・リヒテンベルク殿、お元気ですか?」

 この声は——!

 アレクシアが振り返ったところには、やはり、情報屋のフランツの姿があった。「いい情報があります」と言いながら、彼はチャーチチェアをぐるっと回ってアレクシアの隣に座った。

「お隣のヴルフ市ですが、ここ二週間ほど、誰も虐殺されていないようですよ」

 その言葉を聞いて、アレクシアは愕然とした。

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