14 夜の街

 ヴィルヘルムから執事に話したこと。

 それは、しばらくアレクシアと共にいるということと、これは問題ではないということ。馬車も含め、シュヴァルツェンベルク市内にいる部下などは、全員城に戻ること。捜索などはしないようにすること。そして、現在入っているすべての予定をキャンセルすること。

 アレクシアがヴィルヘルムの後ろにいたからか、執事は何も話さなかった。ただ黙って、ヴィルヘルムが告げることを頷きながら聞いているだけだった。


 ホテルから出てきた二人は、雪が降っていることに気が付く。

「今日は寒いですからね……」

 アレクシアが告げた言葉に、ヴィルヘルムは「そうですね」とだけ返事をした。

 そうして、二人は真っ直ぐ教会の地下に向かった。


「アレクシア、教えてほしいのですが……」

 再び孤児院内のアレクシアの部屋に戻ってきたところで、ヴィルヘルムが先に口を開いた。

「はい?」

「私には自由時間がないのですよね?」と尋ねるヴィルヘルム。

 アレクシアは朝食を食べる時に使った椅子に腰を下ろした。

「はい、そうなります」

「アレクシアは、私の何を疑っているのですか?」

 単刀直入な質問に、アレクシアはつい返事するのを戸惑った。


 ヴィルヘルムがヴルフ市の虐殺問題の元凶かもしれないということを聞いた、などと答えるのは少々突っ込みすぎだろう。一方で、何も疑っていないというのもおかしな話だ。

 アレクシアと同じように朝食の時の椅子に腰を下ろしたヴィルヘルムは、真っ直ぐアレクシアの顔を見つめている。

「……私は恐れているんです。何者かが、……私のことを狙っているのではないかと……」

 考えてもいないことを告げた。


 しかし、根も歯もない話かと問われれば、そうでもない。実際、情報屋の店主や、情報屋に行く直前にぶつかった男性などは、よくわからない人々だ。彼らがどこかからアレクシアのことを狙って目を光らせているかもしれない。

 ……という仮説を頭の中に敷いた上で、

「もし私が誰かに殺されることなどあれば、その翌日からシュヴァルツェンベルク市は魔力によって崩壊してしまいます。だから、ヴィルヘルムには私を守ってほしいのです」


 なるほど、とヴィルヘルムは頷いた。

「しかし、それならば、私ではなくもっと実力者などにお願いした方がよろしいのではないでしょうか」

「それはそうですが……、よく知らない誰かにお願いするのも怖いですから」

 と、アレクシアは笑顔を見せた。

 それを見て、ヴィルヘルムも「そうですか」と微笑む。


    ◇◆◇


 夜になると、今日もまた、という気持ちになってアレクシアは外出の準備を始めた。いつもと同じコートを羽織り、マフラーを巻いて、ショートブーツに付着している泥をティッシュで払い落としていた。

 その様子を見ていたヴィルヘルムが、彼女の横に並んだ。

「アレクシアは、本当に子どもたちの面倒をよく見ていらっしゃるんですね。素敵なことだと思います」

「え? ……はい、そうですね。それが私の……使命ですから」

 たった今まで、自分が孤児院の子どもたちの世話をしているのを褒められたことなどなかった。だからこそ、素直に喜ぶ方法も知らず、適当な言い換えをしてしまう。


 二人は並んで夜の教会から出てきた。馬車がなくなった今となっては、徒歩で丘を上っていく必要がある。……アレクシアが毎日そうしていたように。

 今日もまた雪が降る人気ひとけのない夜の街は、どこか不気味な空気が漂っている。誰かがそうしたわけでも、何かに異常があるわけでもないが、アレクシアの心は毎晩恐怖を抱いていたわけであった。


 しかし、今日からは違う。隣にヴィルヘルムがいるだけで、どこか安心できるものがあった。

「実は、私、夜の街が少しだけ怖くて……」

 そう言ってから小さく笑ったものの、ヴィルヘルムは正面を向いて歩いているだけで、聞こえているのかすら怪しい。

「関係のないことを、申し訳ございません……」

「どうすれば、その怖さは和らぎますか?」

 咄嗟に謝ったものの、ヴィルヘルムは話を続けようとしているようだ。


「いえ、ヴィルヘルムが隣にいらっしゃるだけで、とても心強いです……」

「隣にいるだけで?」

 ヴィルヘルムは呟いてから、アレクシアの方に片手を差し出してきた。まるで、その手を握れと言わんばかりの仕草だ。

 アレクシアは恐る恐るその手を握ってみた。すると、そこには何の魔法もないのに、なぜかぬくもりと安心を感じることができた。

「こうしていれば、もっと心強いですか?」とヴィルヘルム。

 アレクシアは「はい、……とても……安心できます」と即答だった。


 丘を登り始める最初の地点まで来たところで、アレクシアは、そろそろ手を離すのかなと頭の中で考えていた。しかし、ヴィルヘルムは手を離そうとする気配を見せない。

 仕方がなく、アレクシアは口を開いた。

「ヴィルヘルム、ずっと手を握っていただき、……申し訳ございません。……もう街は抜けましたから、ご心配いりませんよ」

 そう言うと、彼は立ち止まってアレクシアの顔を見た。

「それは、この手を離せという意味でしょうか?」

「い、いえ……、そんなことは……」

 答えを濁した彼女。そうであれば、とヴィルヘルムは続けた。

「このまま、上まで登りましょう。途中、転んでしまってもいけませんから」

 アレクシアは、彼の笑顔に、あるいは彼の心に、引き込まれてしまいそうな感覚を覚えていた。

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