13 朝食

 孤児院の朝は早い。子どもたちの目覚めが早いからだ。

 世話をしているアレクシアは、できるだけ子どもたちよりも早く起きようと、毎朝七時には起床するように努めている。

 今日は三十分だけ寝坊したが……上出来だろう。談話室の床に座って寝ていたアレクシアは立ち上がり、孤児院の奥の部屋——元々アレクシアが使っていた部屋で寝ているヴィルヘルムの様子を伺いに行った。

「ヴィルヘルムは、……まだ寝ていらっしゃるようですね」

 今度はキッチンに行こうと部屋を出ようとしたところ……、

「アレクシアお姉ちゃん、あの人、誰?」

 起きていた子どもと遭遇してしまった。


 実によろしくない状況だが、見られてしまった以上、何らか回答する必要がある。

「あ、あれはですね、……大切な人なんです」

 すると、その子どもは血相を変えて、次に涙をこぼし始めた。

「アレクシアお姉ちゃん、大切な人がいたんだね……」

「えっ、……えっと…………」

 何やら誤解されているようだ。何とか修正しなければ。

「違いました。あれは悪い人です」

 すると、今度は指の関節を鳴らし始めた。子どもなのに。

「ダメです、そんなことをしたら。……ね?」

 適当に言いながら無理やり部屋から押し出し、部屋には外から鍵をかけた。子どもは談話室の方に走り去ってしまった。


 ふぅ……。

 ため息をついて、アレクシアはようやくキッチンに向かった。

「昨日は結局朝ごはんを食べられなかったから……」

 よし、と気合を入れて、アレクシアは卵を割り始めた。


    ◇◆◇


「これは……、アレクシアが作られたのですか?」

「はい。……ヴィルヘルムの城のシェフが作るものに比べたら、本当に質素で簡単なものだと思いますが……」

 子どもたちには談話室で食事をしてもらい、アレクシアとヴィルヘルムは奥の部屋で二人、テーブルを挟み合って朝食を食べていた。

 一枚の真っ白なプレートに、スパイスが効いたベーコンエッグを二つ並べ、彩りを加えるようにトマトとレタスのサラダを端に寄せて添えている。


 フォークを手に取ったアレクシアは、なかなかヴィルヘルムが食べ始めようとしないことに気が付いた。

「もしかして、……苦手なものがありましたでしょうか…………?」

 いいえ、と彼は首を横に振ってから言った。

「ナイフはお使いにならないのですか?」

「ナイフ?」

 アレクシアは目を丸くした。


 ナイフを使うとすれば、肉や魚を食べる時か、ケーキやパンを切り分ける時など。ナイフを使ってベーコンエッグを食べる文化は持ち合わせていなかった。

「あっ、ベーコンエッグにナイフをお使いということですね。……失礼しました、今お持ちしますから……」


 アレクシアは早速立ちあがろうと椅子を下げたが、ヴィルヘルムは腕を伸ばしてすぐに彼女を制止した。

「いえ、こちらの文化を知らず失礼しました。フォークだけで食べます。……食べ方を教えていただいても?」

 そう言って彼はフォークを手にしたので、アレクシアは自分がどのようにフォークだけを使って食べているのかを見せた。


 ベーコンエッグとサラダを食べ終わり、二人は水を飲んでいた。

「ここには水しかなく、……本当に質素で申し訳ございません……。私の勝手で、ヴィルヘルムに滞在していただいているのに……」

「いえ、ご心配には及びません。それに、こうやってアレクシアの日常を見られて、少し嬉しいと感じています」

 にっこりと微笑んだ彼を見て、申し訳なさで心がいっぱいだったアレクシアの緊張が、ほんの少しだけ解けたように感じられた。


    ◇◆◇


「この道を向こうに行けば中央広場、あっちに行けばクレマー川があります。シュヴァルツェンベルク市内で一番背が高いのは市庁舎ですが、二番目はこの教会です。だから、もし道に迷うことがあれば、市庁舎と教会の屋根を見れば目印になるんです」

 昼前、アレクシアとヴィルヘルムの姿は、教会の入り口前にあった。

 この日はあまり天気が芳しくなく、鈍色にびいろの曇り空が広がっていた。それゆえ、気温はぐっと下がっており、今にも雪が降りそうだった。


 どうして外に出てきたかというと、ヴィルヘルムが執事に今回のことを説明しておかないといけない、と言い出したからだ。

 それもそのはず、一侯爵が突然姿を消しているわけだ。きっちりと執事なりに伝えておかないと、ベッカー州警察が捜査にやってくることになるだろう。そうなれば、いくらアレクシアが悪い人間でないと主張したところで、外見上監禁であって逮捕される可能性が高まる。


 執事が宿泊しているという、中央広場から少し離れた場所にあるホテルに、二人はやってきた。

「少し話してきます」

 そう言い残してヴィルヘルムが階段を上って行こうとしたので、アレクシアはその腕を握った。

「待ってください、私も行きます」

 一瞬彼は怪訝けげんな顔をしたようにも見えたが、すぐにまた笑顔に戻ると「わかりました」とだけ返事をした。

 二人は、ホテル内の薄暗い階段を上階へと上っていった。

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