7 暴挙

 ヴィルヘルムはまだ話したいことがある様子だが、すでに時計は三時を示している。互いのことを思いやるなら、今宵はこれまでというところか。

「また明日、アイヒベルガー城に行きます。よければまたお話しできませんか」

 ヴィルヘルムの丁寧な言葉には、侯爵であることをうかがわせない。それが彼の為人ひととなりであって、性格なのだろう。

「もちろんです。では、……今は失礼しますね」


 馬車の扉を開けようとしたところで、アレクシアはヴィルヘルムのコートと手袋を着けていることを思い出し、「申し訳ございません」と声を出しながら返した。対する彼は全くそのようなことは気にしないと言わんばかりに、笑顔で受け取った。


 アレクシアが孤児院に帰ってから、およそ四時間ほど経過しただろうか。子どもたちの声によって談話室の床で目を覚ました彼女は、思いがけない光景を目にした。

「えっ、ええっ……、どうしてこんなことに…………」

 頭がぼうっとしながらも、アレクシアは重たい身体を起こしておもむろに立ち上がった。

「アレクシアお姉ちゃん、……怖いよぉ」

 子どもたちが、立ち上がったアレクシアの足元に集まってくる。その間をゆっくりを歩き進めては、ベッドで寝たままになっている子どもたちの元へとやってきた。


 寝たままの子どもたちは全員、目を開けたり口から泡を吹いたりしており、触れてもまるで生気が感じられないところから察するに亡くなってしまっている。孤児院に帰ってきてからベッドを見て回った時には寝息を立てていたため、アレクシアが就寝してから数時間の間で亡くなったのだろうと見られる。

「昨夜、何かした?」

 アレクシアを取り囲む子どもたちに尋ねるも、皆顔を向き合わせて首を捻るばかり。

「あの子たちは、お菓子を食べて話していただけ」だと。


    ◇◆◇


 睡眠時間も不十分なまま、アレクシアは、早速病院を尋ねた——マリーとエルザを預けている病院だ。

 しかし、彼女が受付に姿を現した途端、看護師の一人が慌てて医師を呼びに行った。

 それから約一分後、医師が奥から現れては、険しい顔つきでアレクシアの元まで歩いてきた。

「申し訳ありません。我々も、最善を尽くしたんですが……」


 医師の口からは結論まで聞けなかったが、その必要はなかった。アレクシアはすぐに事態を理解した。

「いいえ、お謝りにならないでください。……最後に、せめて顔だけでも見ることはできませんか?」

 ええ、もちろん、と医師に連れられ、二人はマリーとエルザが眠っている霊安室へやってきた。


 安らかに眠っているのかと思いきや、マリーもエルザも、まるで苦しそうな顔をしている。息を引き取る直前に急な嫌悪感を覚えた、と捉えることができよう。

 アレクシアはマリーのかたわらに立ったまま、部屋の入り口付近で立ち止まったままの医師に問いかけた。

「これは、……魔法によるものなのですよね? どのような魔法なのでしょうか?」

「……申し訳ないのですが、私の知る限りでは——特定することができませんでした」

 医師はそっと告げた後、口を完全につぐみ、息の音すら聞こえないほどだった。


 それから数分間遺体を眺めていたところで、急に医師は口を開いた。

「……しかし——」

「はい?」アレクシアは突然の声に驚き、彼の方を向く。

「実は、昨日の夜から、同様の患者が急増したのです。今朝までに、他に十三人亡くなりました」

 そんなことが、と息を呑みつつも、アレクシアは孤児院で起こった奇怪な事案についても説明した。


 しかし、これほど大きな問題がシュヴァルツェンベルク市に横たわっているとは、考えてもいなかった。

 アレクシアは、彼女の知識で及ぶ範囲のことを色々と想像したところ、魔力のことも思い浮かんだが、『最期の末端都市』時代に生じた空気中の余分な魔力については定期的に管理しているため、街中まちなかで市民に魔力の影響が及ぶことはない。すなわち、今回の事案に魔力は関係していないという結論に至るばかり。

「何者かが意図的に魔法を使って、シュヴァルツェンベルク市を崩壊させようとしているのでしょうかね……」

 アレクシアは医師の推測に唖然としつつも、半ば納得していた。


    ◇◆◇


 毎日神に祈りを捧げているのに、突然シュヴァルツェンベルク市を襲い始めた、詳細不明の魔法によるとみられる事件。それによって、病院内だけでも昨日から十五人が亡くなっているわけだ。

 それに加え、孤児院の子どもたちや、まだ報告されていない死亡例を数え上げれば、一体この街で何人が命を落としているのだろうか。

 単なる疾病しっぺいではなく、何者かによる仕業だとすれば、……一体、誰がどんな目的で、このような卑劣な暴挙に出ているのだろうか。


 考え込みながら狭い裏路地をのんびりと歩いていたアレクシアに、横からドンと当たってきた人物がいた。

「あっ、すみません!」と、一瞬振り返りながら謝る男。

「…………!」

 アレクシアが声を出すこともできないままに、その男性は走り去っていった。

 しかし、アレクシアは、この一瞬で抱いてしまった違和感によって、足を動かされた。

「あの人…………まさか……」

 もうずっと向こうまで行ってしまったその男性を追うように、アレクシアは走り出した。

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