第36話 ゼガオンの企み

 ギ、ギ、ギ、ギッ……

 マルスが壊れた方角から音が鳴り、振り返る。


 そこには粉々になった部品のうち、近くに落ちた口の部分だけがあった。改めて奴らが、ただの機械に過ぎなかったのだと思わせる。


 だが、そいつは何かを喋ろうとしていた。

 

「オ、オク……」

 ぼくは唾を飲んだ。


「……ジョ、ウ……屋上、ダ……」

 マルスはそれだけ呟くと、ギ、ギッと、軋む音を立て止まった。


「ゼガオンは屋上にいるってことか……」

「どうやら、そうらしいな」

 ぼくと海は言葉を交わし、上を見上げた。


 すると、ブレスレットが震え、

「話シカケテモ、イイデスカ?」コーラルからの通信が頭に響いた。


「ああ、いいよ」

「ゼガオンハ、アナタタチノ、力ヲ引キ出ソウトシテイルヨウニ思イマス。モチロン、ドノ敵モ本気デ向カッテハ来テイマシタガ……」


「確かに、そうだな……ぼくたちの本来の能力を引き出した上で、叩き潰したいってことかもな」

「ああ。俺もそう思うよ」

 ぼくの言葉に、海も頷いた。


「気ヲ付ケテクダサイ。何カ得体ノシレナイ不気味サヲ感ジマス」

「コーラル。ありがとう。気をつけるよ」

 ぼくはそう言うと、海と目を合わせた。


「忘れるな。二人で一つだ」

 海が言った。

「もちろんだ」

 ぼくは頷くと、屋上に行くために廊下に出た。


      *


 ぼくと海は、二人が繋がっている感覚を維持したまま、生体レーダーを自分たちを中心に広げていった。


 確かに屋上には強大な力を持つ生体反応が一つ。そして、人質のものだろう、五人の生体反応も感じた。五人とも無事に生きているようだった。大きな生体反応の後に五つの生体反応が固まっている。


 ぼくらは屋上への階段を上り切り、出入り口のドアに手をかけた。その時、ふと、おかしなことに気づいた。ドアについている鉄線入りの窓が明るいのだ。ゆっくりと押していくと、外から光が漏れ入ってくる。


 どういう原理かは分からないが、屋上の上だけ真っ白な光に照らされているように明るかった。上にも横にも照明のようなものは見当たらないのに、屋上の上だけが明るい。恐らく、アノンダーケ星のテクノロジーなのだろうが、この明るさの中で戦おうということらしかった。


 屋上に足を踏み出した途端、

 パチ、パチ、パチ、パチ、パチ、パチッと、拍手の音が鳴った。


 音のする方を見ると、ゼガオンがいた。満面の笑みで、両手を打ち鳴らしている。


「いや。全部見ていたぜ。さすがだったな、お前たち。特に、マルスとアレスの二体をあんな簡単にやっつけるとは、王族の力とは凄まじいもんだな」

 ニヤニヤと笑いながらゼガオンが言った。


 ぼくらを褒め称える言葉とは裏腹に、余裕しゃくしゃくな態度だった。


 二メートルを優に超えるゼガオンの上半身は裸で、これまで見たことが無いほどに筋骨隆々としていて、一切の余分な脂肪は見当たらない。体重は百五十kgは超えているのではないかと思われたが、その動きは猫科の肉食獣を思わせるしなやかさを持っていた。


 下半身には、以前にヴィムが着ていたような、靴まで一体成形された密着するタイプの銀色のズボンをはいていて、動く度に太いワイヤーのような筋肉が浮き出た。


 髪型は、前と後を極限まで刈り上げたスタイルで上の部分が立たせてあり、緑色の肌に、緑色の目をしていた。髪の毛にも緑色のものが混じっている。


 宇宙船で見た3Dのホログラム映像と違い、生で見るゼガオンは、妖気とでも言った方がいいような禍々しい生気を発していた。それは、周りの空間が歪んで見えるかのようなものであった。


 ゼガオンのすぐ後に、階段状のオブジェのようなものがあった。いつの間にこんなものを作ったのか、濃い緑色の樹や根が絡みついて出来上がったそれには、木製の十字架が五つ立てられ、それぞれに人が縛りつけられていた。

 一番上から順に、アイ、じいちゃん、ばあちゃん、そして海の父さんと母さんが拘束されていた。


「アイ! じいちゃん! ばあちゃん!」

「父さん! 母さん!」

 ぼくと海が叫ぶと、五人とも身体をよじらせるように動かした。みんな口に猿ぐつわのようなものを噛まされていて、声を上げることができないようだった。


「あれはな、お前たちが本気を出せるようにしているだけだ。とにかく俺に本気で向かってこい。俺を殺すこと。それだけが彼らが助かる条件だ。あと、あれにはお前たちが本気で向かって来ざるをえないような仕掛けもしてある」


「仕掛け?」

「ああ、そうだ。あの縛りつけてある樹には毒性があってな。だんだん、元気がなくなって死に至る。もう一時間は縛りつけているから、あと三十分くらいか。俺を倒してこの解毒剤をそれぞれに飲まさないと死んじまうぞ。他にも、お前たちが死ぬか、逃げても、彼らは死ぬ。どうだ? やる気が出るだろう?」


 ゼガオンはそう言うと、紫色の液体の入った瓶を僕たちに見せびらかすかのように掲げ、瓶ごと一飲みした。


「戦闘狂め」

 海が歯を噛みながら呟くと、

「はははははは。それは最高の褒め言葉だ。俺を殺して、腹からこれを取り出せ。それしか、あいつらが助かる方法は無いぞ」 

 ゼガオンは大声で笑いながら言った。その目は、獲物を目の前にした肉食獣のように光っていた。

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