第34話 最初の敵
海と並んでコーラルの後から大きく開いた窓を見ていると、夜空の星が糸を引くように後ろに向かって流れ始めた。
たが、それもほんの数秒のことだった。
ヒュウン……という音を立てて、船が止まる。
「着いたのか?」
「ハイ」
「あっという間だな……」
ぼくが呟くと、
「気合い入れるぞ」
海がぼくの肩を叩いた。
ぼくたち二人は、宇宙船の出入り口から校舎を見下ろした。
強い風が、服と髪をばたつかせる。
「宇宙船ノ設備デ熱感知シマシタガ、校舎全体ニ、センサーヲ邪魔スルフィルターガカケラレテイマス。人質ガドコニイルカハ、分カリマセンデシタ」
コーラルが操縦盤を操作して言う。
「ありがとう。大丈夫だよ。空気の流れや気配を読みながら、一階から探していく。海と二人でやれば大丈夫だ。それに、ゼガオンはぼくらと戦いたいんだ。いつまでも隠れてはいないはずだ」
ぼくは、右手首のブレスレットを触りながら言った。見つけたら、躊躇すること無くこの武器も使うつもりだった。
「達也、気合い十分だな。いいか? 俺たちは……」
「ああ、分かってる。ぼくたちは二人で一つだ」
ぼくと海は、再び拳を打ち合わせると、宇宙船の入り口に立った。入り口から重力エレベーターの円筒形の光が、地面に向かって下りていく。
ぼくたちは光の中に踏み出し、校舎の前へと下りていった。
「ドウカ御無事デ。御武運ヲ、オ祈リシテオリマス……」
下りていくぼくらの背後から、コーラルの声が響いた。
*
地面に降り立つと、校舎を見上げた。
夜空に月は無く、星がたくさん見えていた。
大きく息を吐くと、生体レーダーとでも言うべき感覚を自分たちを中心に広げていった。
体中の体毛で空気のわずかな流れを読みつつ、周辺の植物や動物の生体反応を拾っていく。
ショッピングモールの屋上でやった瞑想状態と比べると、敏感に拾うことは難しいが、二人で感知することによって、より詳細な探索が可能となる。今のぼくらに不意打ちを行うことはまず不可能と言ってもよかった。
慎重に玄関のドアを動かす。
鍵はかかっておらず、ドアは内側に向かって音を立て動いた。
ぼくが前になって入っていく。
背後を海が守りながらついてくる。
そのまま、土足で校舎に上がり、事務室の窓口のあるロビーを抜けると廊下に出た。右手の方に入って階段を目指す。
すると、すぐに複数の人間の気配を感じ取った。息を殺しているが丸わかりだ。
一、二、三……全部で四人いる!
ぼくの直ぐ後にいる海も気づいているはずだった。
囲まれているその気配に襲いかかろうと身構えたその時――
天井の照明が点いた。
暗闇になれていた視界が、一瞬光で一杯になる。
だが、次の瞬間、元に戻った視界に入ったのは、見慣れた少年たちだった。
黒田たち四人の不良少年だったのだ。少年たちは、手に手に巨大なサバイバルナイフを持っていた。
目は血走り、よだれを垂らしたその表情は普通では無かった。
素早く海が動き、二人の少年の手首を強く打った。ナイフは落ちたが、二人とも別の手に光線銃が握られていた。
光線銃の先から、高熱のレーザービームが次々に撃ち出される。
思いもしなかった攻撃は、海のギリギリを掠め、窓ガラスと壁に大きな穴を穿った。
ジュウウウウ……
高熱で窓ガラスと壁を溶かした穴が拡がっていく。
気がつくと、四人の少年の手の全てに光線銃が現れていた。
ぼくは唾を飲んで、体中の体毛を逆立てた。
動こうとすると、身体が全く動かないことに気づき、ぼくは焦った。
よく見ると、体中に真っ黒な太い鎖が体中に巻き付いている。
「何だ!? これ?」
ぼくがもがいていると、
「達也。何もないぞ。動け!」
海の叫び声が聞こえた。
「俺たちが怖いんだろ? 達也あっ!!」
黒田のサディスティックな笑い声が響いた。
むきになって動かそうとするが、ピクリともしない。
くそっ。ヤバい。
冷たい汗が首筋を流れた。
流れ弾で少年たちが死ぬ可能性もあったし、自分たちにも当たる可能性があった。
まさか、あいつらへの恐怖で身体がすくんでいるとは思えない。ちょっと前の自分とは違うのだ。
ぼくは、自分の身体に生える体毛を体中、とにかく全てをプロテクター化した。
メキャッ、
首筋の後で何か機械のようなものが潰れる音があった。
途端に、黒い鎖は粉々に砕けて消えた。
ぼくは加速能力を発動させた。少年たちの攻撃による空気の流れを読みながら、光線銃とナイフを落としていく。
ぼくが二人。海が二人。それぞれの武器を確実に落とし、大きく蹴飛ばした。光線銃とナイフが床を滑っていく。
やったか――
ぼくは、大きく息を吐いた。
「海。気をつけろっ! 何か、身体を操る機械みたいなものが刺さってた」
首筋から引き抜いた小型の機械を海に見せる。それは頭が緑色で、ハリの部分がメタリックな色をしていた。
「
海は呟いて、素早く全身をプロテクター化した。
すると、少年たちが涎を垂らしながら吠えた。
「ぐおおおおおっ!!」
「おい。お前たちの負けだ! 大人しくしろっ!」
海が叫ぶ。すると、
「うるっせええ。調子に乗んじゃねえ!」
「ゴミクズみたいなやつのくせしやがって!!」
「見下してんじゃんねえ。馬鹿がっ」
「死んじまえ。ゴミくずめ!!」
次々に汚い言葉を口にした。明らかに尋常では無い。
少年たちがシャツのボタンを引きちぎり、前を開いた。
ぼくはそこにあったものに目をひきつけられた。
少年たちの体には、真っ黒な粘土状のものが緑色の蔦で巻き付けられていたのだ。
突然、四人は海とぼくに向かって猛烈な勢いでタックルしてきた。
それは人の出す速さを超えていて、ぼくと海は呆気にとられつつ、少年たちのタックルをギリギリで躱した。
「アレハ、生体反応ト連動シタ爆弾デス。オマケニ筋肉系ヲ、イジラレテイマス。アイガ以前使ッタ精神ヲイジル植物ドローンノ、ヨリ危険ナヴァージョンデス」
ブレスレットを通じて、直接頭にコーラルのメッセージが送られてきた。
「人を操るドローンか……ひょっとすると、ぼくも操ろうとしたのかもな」
ぼくは先ほど、自分の動きを邪魔した首筋の機械のことを思い出していた。
「死ヌカ、操ッテイル植物ドローンヲ除去スルカシナイト、彼ラハ止マリマセン」
「だろうな……」
ぼくは呟いて、狂ったように動く黒田たちを見た。
「コ、こレ……ド、どうナってル……タ、助けテ……」
黒田が、途切れ、途切れに呟いた。一部、精神の操作が解けているのか。目から涙が流れ、一瞬、正気の目に戻り、そしてまた狂った目つきになる。
「達也……どうする?」
「もちろん、助けるよ」
海の問いに間髪入れずに答えると、
「聞くまでも無かったな」
海が傍らで頷いた。
「で、どうしたらいい?」
海が続けて訊くと、
「首ノ裏ノ部分、延髄ノ辺リニ、コントロールスルタメノ植物ドローンガ刺サッテイルハズデス」
と、コーラルから返答があった。
「よし、分かった。アイの時と一緒か」
ぼくと海は頷くと、加速能力を発動し、少年たちの後ろに回り込んだ。だが、首筋には何も刺さっていない。
「くそ、何もないぞ」
「達也。待て。あれじゃないのか!?」
海の言葉に、ぼくは黒田の胸の辺りを見た。心臓がある辺りに、緑色のぷっくりとしたものが生えている。
「コーラル! あれか!?」
「ハ、ハイ。アレデス。心臓ト周辺神経ニ直結シテイルハズデス」
「無理して、引き抜けば、死ぬかもしれないってことか?」
「ハイ」
「どうする!?」
「海、ぼくに考えがある」
ぼくは海の目を見て、考えを伝えようとした。直感だったが、今の集中力ならこれで伝わるはずだ。
海はぼくの目を見て、無言で頷いた。
「コーラル。しばらく、通信は切る。黙って見ていてくれ」
ぼくはそう言うと、加速能力を発動した。海も一緒に能力を発動する。
四人ともぼくらに抱きつこうとしてくる。そのまま、自爆して殺すつもりなのだ。だが、これでぼくらを殺せるとゼガオンが思っているはずは無い。
むしろ、ぼくがこいつらを殺す覚悟があるのか試しているのだ。
ぼくはゼガオンへの怒りを胸に、ブレスレットを右手を覆う
手甲は一瞬だが赤く発光し、高熱を発した。
シュボ、ボッ……
手甲はぼくらの手の皮膚を焼きながら、彼らの胸にある植物ドローンの頭も焼き切った。
四人ともその場に崩れるように倒れ、手甲がブレスレットに戻った。
口から涎を流したまま気絶している四人を、ぼくらは廊下の壁を背に座らせた。
「最初から、エグい敵だったな」
海が呟き、ぼくもため息をつく。
ぼくらの意識は既に二階に向かっていた、そこに何かがいるのを感じるのだ。
「行こうぜ」
海が言って、ぼくの肩を叩いた。
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