第33話 海
ホログラムが消えた後も、ゼガオンの肉食獣のような顔が脳裏から消えなかった。
俺は歯を食いしばり、首を振った。
横にいた達也の目を見る。
すると、一瞬、達也の表情が動いた。
「海……」
「どうした?」
何かを言いよどんだ達也に訊ねる。
「こっから先は……ぼくが一人でやるよ」
達也は思い詰めたような表情をしていた。
「ばか。何を言ってるんだ。お前だけに任せるわけいくか!」
「だって、アイとのことはぼくだけの問題じゃ無いか……」
「何を言ってる。お前がアイさんと一緒に俺の所に来なければ、俺は訳も分からずにあのゼガオンに殺されてたかも知れないんだ。それに、俺の父さんと母さんもあいつには捕まってるんだぜ」
「それは、そうだけど……」
「なあ、達也。これ以上、俺を置いていくな」
「え……」
俺の言葉に、達也は、はっとした表情になった。
「なあ。俺、最近思うことがあるんだ。なんで、あの引っ越し以来、お前と会わなかったんだろうな……俺はさ、あの日、あのときにお前がアイさんと一緒に来てくれたときにはっきりと思ったんだ。ああ、達也は俺にとってかけがえのない友だちだったんだなってな」
「そうか……すまない」
「なぜ、謝るんだ?」
「ぼくもずっと考えてた。なんで、海に会いに行かなかったのか。かけがえのない友だちだったはずなのに……自分だけの、生活のことだけで精一杯で一回も会いに行かなかった」
「それでも、アイさんと一緒に会いに来てくれたじゃないか。俺は本当に感謝してるんだぜ」
「そうか……」
「なあ、達也はもう覚えていないかも知れないけど、少し昔の話をしていいか?」
「昔の話?」
「ああ。あれはちょうど引っ越す少し前、小学四年生の頃だったな……」
俺はそう言って、話し始めた。
*
クラスである日、級友の財布が無くなった。
担任の青山先生はホームルームで、この話を持ち出した。みんなで目を瞑って、犯人は手を挙げなさいとまで言った。だが、誰も挙げなかったみたいで、目を開けたとき、先生は明らかにいらついていた。
青山先生は、まだ若く気持ちにムラがある。機嫌がいいときと悪いときの落差が激しく、思ったことが態度に出てしまうのだ。
この日も、ある生徒を疑っていることが伝わってきた。その子の周りを歩き回り、時には目を見て説教臭いことを言った。
その生徒は母子家庭で、貧乏な子だった。名前は
俺も達也も友だちで、いつも一緒に遊んでいたから、青山先生の様子には向かっ腹が立った。
すると、
「あのう先生……」
達也がおずおずと手を挙げた。
「何だ?
「えっと……和樹は、財布なんか取らないです」
「何?」
「いや。そも、そも、このクラスにそんなことをするような人はいないと思います」
ゆっくりとだが、達也は言い切った。
俺は正直、びっくりしていた。
青山先生もぽかんとしている。
いつも引っ込み思案で、どちらかというと大人しい達也が先生に向かってそんなことを言うなんて思ってもいなかった。
「じゃあ、その無くしたっていう子が嘘をついているのか?」
「そうじゃないです……たぶん、勘違いか、何かだと思います。だれも悪意なんか無いはずです」
達也の言葉に先生は、はっとした表情になり、黙ってしまった。何か考え込んでいるようだった。
「確かに、先生が軽率だったかもしれん。とりあえず、この話はここまでにする」
青山先生はそう言うと、話を切り上げた。
達也はふうっと息を吐くと、気が抜けたように座り込んだ。
達也の優しさと思いがけない勇気に、俺は驚き、ますます達也のことが好きになった。
――この話には後日談がある。
財布を無くしたという子の勘違いで、そもそも財布は学校には持ってきていなかったのだ。達也の言ったとおり、無くしたと言った子の勘違いだったわけだが、そのことを達也に言ったところ、
「いやあ。よかったよ。言ったことが本当になって」
と、気の抜けたようなことを言って笑った。
俺もつられて笑ったが、ある意味感動を覚えていた。誇りや友人への信頼といったものを曲げないことがいかに大切かを、達也が教えてくれたような気がしたからだった。
*
「達也。覚えてるか? 今の話……」
「そんなこと、あったっけか?」
「まあ、そう言うと思ったよ」
俺は笑って言って、続けた。
「俺はそんなお前だからこそ、ついていくんだぜ。いつも、勢いだけで突っ走ってしまう俺と違って、周りの人間のことを思いやれるお前だからだ。その気持ちが結果的に俺の中の大切な部分も守ってくれる。
アイさんや親父たちを助けるのはもちろんだが、俺たちの心の中にある大切なもの……それを守るために行くんだ」
「何かこそばゆいよ」
「そうか?」
「うん。でも、海の思いは分かった。一緒に行こう」
「ああ。嬉しいぜ」
俺は笑顔で頷いて、コーラルの方を見た。
「OK。じゃ、コーラル。達也の学校の上空まで移動してくれ」
「了解シマシタ!!」
いつものコーラルの無機質な声が、ウキウキしているかのように俺には聞こえた。
俺たち二人はコーラルの操作する操縦盤の後ろに立つと、拳と拳を打ち合わせた。
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