第30話 襲来(2)

「なぜ、地球人と戦ったんだ? そんなことは任務には入っていないはずだ」

「まあ、いいじゃないか。そもそも、俺がここに来たことも任務じゃ無いんだ。戦うのは趣味みたいなもんだ」

 ゼガオンは私にそう言って歯をむいた。笑みの形を作った口の端から大きな犬歯が覗いている。


「地球の奴ら、アノンダーケの猿人と変わらない感じなんだろ。肉弾戦なら相手にならないだろうが、軍隊はそれなりに強いのかなと思ってな。光学迷彩とステルス機能を切っていたら、ちょうど戦闘機がやってきたから戦ってみたんだ」


「お前、それ、わざとだろう?」

「そんな訳あるか。たまたまだ。人を戦闘狂みたいに言うな」

 ゼガオンは笑みの形を崩さずに言ったが、その目は全く笑っていなかった。


「わざと外して、レーザービームを撃ち込んだら、反撃してきたやがってさ。追ってくる個体の飛翔物……こっちの言葉だとミサイルか。少しだけひやりとしたが、俺の戦闘宇宙船の機動力には追いついてこなくてな。ありゃダメだな」


「それじゃ、わざわざ撃ち落とすことは無かっただろう? 光学迷彩とステルス機能を使えば相手には見つからないんだ」


「いや、まあ、そうなんだがな。やっぱり、一度喧嘩になっちまうと、殺るまで殺らなきゃ気が済まないんだよな」

 声を上げて笑うゼガオンを見て、手に汗が滲む。こいつは、とことん、暴力的で相手をねじ伏せることにしか興味が無いのだ。


「ところで、アステリア、そして……カラルか。お前たち、こっちに来てもう地球人とは戦ったのか? 何人殺した?」

「殺すわけ無いだろう。そんな意味の無いことはしないよ」


「何だ。こっちの軍隊との肉弾戦はまだか。アステリアは女だからな。じゃ、まあカラルよ。俺と今から行くか? こっちの軍隊の場所は調べてあるんだ。ここでは自衛隊と呼ぶらしいぞ」

 ゼガオンが短く刈り上げた頭をガリガリと掻きながら言った。


「馬鹿なことを言うな」

 私は吐き捨てるように言った。


「ふうん……相変わらず堅いこと言うな。それじゃ、訊くが、お前たち任務はきちんと遂行しているんだろうな? 王子たちとは接触したのか? 居場所は?」


「もちろん、居場所は分かっているさ。接触は今日したばかりだ……」

「そうか……で、その結果は後で訊くとしてだな」

 ゼガオンはそう言いながら椅子を引いて座った。


「こいつはヴィムと一緒にいたアイだよな。なんで、こいつがここにいる?」

 ゼガオンは鋭い眼光をねじ込むように、私の目を見つめて言った。


「アイは、俺の幼なじみなんです。なので、メッセージを送って呼び出したんですが、色々あって今薬で寝ています」


 横からカルラが口を挟んだ。すると、ゴンと、音を立ててゼガオンの裏拳がカラルの顔面にめり込んだ。緑色の鼻血がポタポタとテーブルに落ちる。


「お前には訊いていない……アステリア。答えろ」

 ゼガオンが高圧的に私の方をまた見た。目から火花が出るようなプレッシャーを感じた。


「……カラルの言ったとおりさ……。アイを呼び出して捕まえ、アイを餌に王子たちを呼び出した」

「呼び出した? 王子たちってことは一人じゃ無かったってことか? それにアイを餌にってどういうことだ?」


「ああ。王子は二人いる。アイは王子たちと仲良くなっていてな」

「なるほどな。……そいつは、面白い事実だな。ギルディア政府も二人だと思い込んでいるぞ。なぜ、本国に報告しなかったんだ?」


「アイから薬で聞き出したばかりだったんだ。確かめる必要があった」

「そうか……一応の理屈は通ってるな。それで、王子たちを殺さずに一旦家に返したってこととだな。それはどういうことなんだ?」


 私は思わず、ゼガオンから目線を外しそうになるのを耐え、どう説明したものか迷った。今、平和裏に事を進めようとしているのをこいつが了承するとは思えなかったからだ。


「お前のことだ……アイを連れて帰るから、お前たちは地球で死ぬまで暮らせとでも言ったんだろう?」

 含み笑いをしながら、ゼガオンは言った。


「アノンダーケ星にいるときからそうだ。どこか、お前は理想的というか、優しすぎる嫌いがある。圧倒的に兵隊向きでは無い。あれこれ、細かく考える必要なんか無いんだよ。アステリア」


「くっ」

 思わず目を背けると、

「王子の友人たちを殺して、王子たちを精神的に追い詰めるとか、王子たちの肉親なりを捕まえておびき寄せるとか、色々作戦は考えられるじゃ無いか?」


 ゼガオンはそう言うと

「ひゃっ、はっ、はっ、はっ、はっ!!!!!」

 狂ったように笑い出し、私の頬を一発張った。


 カラルが反射的に腕を触手に変化させ、ゼガオンの太い腕に絡ませる。

 ゼガオンの腕がビキビキッと軋むような音を立てた。カラルが全力で締め上げているのだ。


「ふうん……」

 ゼガオンは自分の腕に絡み、締め付ける触手を見て笑った。

 触手ごと引っ張ると、カラルの腹に一発パンチを食らわせ、顎を打ち抜く。そして、気を失い、床に倒れたカラルをさらに蹴飛ばした。


 触手は既に力を失い、ゼガオンの腕に絡まっていなかったが、逆にゼガオンが掴んで離さない。

 何度も、何度も蹴りを叩き込んだ。


 さらに追い打ちをかけようとするゼガオンの肩に手をかけ、

「止めてくれ。カラルが死んでしまう……」私は頼んだ。


 ゼガオンは、私の手を払いのけると、

「それなら、今の時点で分かっていることを全て言うんだ。まあ、言わなければこいつをぶち殺した後で、お前の体に訊くだけだがな」


 と、言った。その顔は冷酷で、厳しかった。タツヤとカイの二人とゼガオンが殺し合う未来は止められそうに無かった。


      *


「サディストめ……」

 血だらけになった私は、床を這いつくばってカラルへにじり寄った。

「カラル……生きてるか?」

 目を瞑っているカルラの体を揺する。


「ア、ステリアさん。な、何とか……。アイ、は、どう……なりました、か?」

 腫れ上がり塞がったまぶたを薄く開いて、カラルが訊いてきた。


「ゼガオンが連れて行きやがった。あいつは王族の血を引く彼らを力尽くで蹂躙し、根絶やしにしたいだけだ……そんなのは、ギルディアの民の掲げる理想とはほど遠い」


「そ、そうすか……」

 カラルはそう返事だけすると、再び気を失ったようだった。このままだと、危ないかもしれない。私は上空に待機させている宇宙船を呼んだ。とりあえず、治療カプセルにカラルを入れる必要がある。


 天井を見ると目を瞑った。何も言わなかったアステリアを蹂躙した後、ゼガオンは家捜しをして、タツヤとカイの二人のデータの入ったメモリーを見つけ、アイを担いで出て行ったのだった。


 とりあえず、あの二人に警告を入れておく必要がある。だが、体が言うことを聞かない。


 ピピッとブレスレットが鳴る。宇宙船が下りてきたのだ。

 ブレスレットを操作し、重力エレベーターを起動する。やっとのことで窓まで行くと、窓を開いた。

 

 カラルを転がすように窓際まで押していく。そして、宇宙船の入り口まで繋がる重力エレベーターの円筒形の光に入った。体がふわりと浮く。

 ブレスレットからAIに、治療カプセルを用意するように指示を送る。そこまでが意識を保つ限界だった。

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