第29話 襲来(1)

「おい。その買いもの袋、直接床に置くな」

「アステリアさん、すみません。でも、アイを連れてるんで」


「全く……」

 私は、カラルからアイを受け取ると、リビングの椅子に座らせた。王族の血を引く二人と会った後、上空に待機させておいた宇宙船に放り込んでおいたのだが、薬が切れかかると暴れ出して、また薬を投入したのだった。


 カラルが買いもの袋から、帰りに買ってきた惣菜を出して並べていく。ショッピングモールのスーパーで売っている惣菜を買って帰ったのだ。

 

 ずっと日の光の当たる所にいれば、光合成によってあまり腹も空かないのだが、日の当たらない室内でずっと働いていたため、かなり空腹だった。

 私は冷蔵庫からビールを二つ取り出すと、カラルの前と自分の前に並べた。


「アイも一緒に食べたかったんだがな……」

 机に突っ伏しているアイを見てぼやくと、カラルも残念そうに頷いた。


「じゃあ、ま。今日もお疲れさま、だな。乾杯」

「はい、お疲れさまです。乾杯」

 私はカラルとビールの缶を打ち合わせると、ぐびっと一気に飲んだ。


「ぷはあーっ。うまい! 特に労働の後のビールは格別だな。おい」

「アステリアさん。地球に馴染みすぎっす」


 カラルが呆れた顔で言いながら、こっちも一気にビールをあおった。


 私は目の前のげそ天と枝豆をつまみながら、

「いやあ。なんていうか、幸せだよな。こうしていると、平和が一番だなってつくづく思うよ」


「確かに、そうですね……」

 カラルが言いながらポテトサラダを食べる。

「俺、これ好きなんすよね」


「私も好きだよ。美味いよなポテサラ。最初にこっち来て食べたときは衝撃だったわ」

「本当そうですよね」


「ああ。地球人のこういうとこだよな。ラーメンも美味いし、カレーも美味いし、唐揚げも美味い」


「何か、地球人の動画サイト見てると、日本人が特にそうなんじゃ無いかって思えますけどね。料理に限らず漫画とかも、凄いじゃないですか。なんか外国人が日本にやってきて、感動している動画とか結構見ますよ」


「本当だよな。よくあんなにいろんなストーリーを思いつくし、そのどれもが面白すぎて感心しちまうよな。特に、お店の智恵子ちえこさんが教えてくれた『銀色のバッシュ』あれ、腹がよじれそうに笑えるし、泣けるんだよな。アノンダーケ星人にも通じるなんて、やっぱどうかしてるぞ……地球人の中でも、日本人は特にそうなのかな……」


 カラルの意見に頷きながら、唐揚げをつまんだ。カラッと揚がっているのに、ジューシーだ。スーパーの惣菜でこのレベルっていうのは本当に凄い。


「アステリアさん。明日の話ですが、あいつらを待つ必要なんてないですよ。ほったらかしにして帰ればいいじゃないですか……」

 カラルが我慢しきれないという表情で切り出す。


「馬鹿。それだとアイの宇宙船が残ってしまうし、アイをアノンダーケ星に連れて帰れないだろ。ワームホールを通る時には宇宙船を一人乗りモードに縮小・変形させないといけないんだ」

 私はそう答えると、ビールをあおった。


「あ、確かにそうですね。今、あいつらがアイの宇宙船を持ってますもんね」

 カラルは今気づいたといった風な顔をして、下を向いた。


 全く、こいつは大好きなアイを連れて帰りたい一心なんだな――

 私はため息をついた。


 アイはあのタツヤとかいう王子のことを好きだぞ。アイの様子を見てたら分かるだろうに。

 息を吐きながら、落ち込んでいるカラルと机に突っ伏しているアイを見た。薬はまだ効いているはずだが、目が覚めた時に暴れないようにしておかなくてはいけないな。


 そんなことを考えながら、私はテレビのスイッチを入れた。

 すると、


 ピンポーン

 と、いう音が響いた。


「誰だ? お前、まさか通販か何か頼んだのか?」

「そんなこと、するわけ無いじゃないですか。近所の人ですかね。見てきます」

 カラルはそう言って、玄関へと行った。


 程なくして、どたどたと足音を立て、カラルが戻ってきた。後から誰かがやって来る。

「た、大変です……」


「よう、アステリア」

 野太い低音を響かせ、二メートルは超えている巨漢がやってきた。体重は優に百五十kgは超えるだろうに、足音を立てずに歩く。


「日本では家に入るときは靴を脱ぐもんだぞ」

「知ったことか。この服は靴は脱げないんだ」

 男はアステリアの言葉に声を立てて笑った。


 上半身は地球の服でもあるようなタンクトップだったが、下半身はアノンダーケ星のぴったりとした銀色のズボンをはいていた。靴が一体成形されているため、確かに脱ぐことはできない。


「なぜ、お前が来たんだ。ゼガオン……。王子の抹殺は私の任務だぞ」

「ふふふ。面白そうだからに決まってるだろ。我々とは違う遥か離れた星の知的生命体に会えるなんて、わくわくするじゃないか。どれくらい、強いのか。ぜひ、戦ってみたくてな」

 ゼガオンは唇の両端を大きく上げ、笑みの形を作りながら言った。


 その時、テレビの番組が突然ニュースに変わり、アナウンサーが緊迫した顔で原稿を読み始めた。画面の右上に緊急速報とある。


「航空自衛隊の戦闘機F15Jが、三十分前に太平洋沖で消息を絶った模様です。詳しい原因はまだ分かっておりませんが、正体不明の飛行物体を追って飛行していたとの情報があります……」


「あ。それ、俺だぞ……てか、これ、えらい美味うめえな。なんていう料理だ?」

 唐揚げを手でつまみながら、ゼガオンが笑って言った。


 戦闘狂め――

 私はゼガオンの巨体を見上げ、大きく息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る