第28話 話し合い
「単刀直入に訊くわ。大人しく私たちに
アステリアは肘をついた両手を組み合わせ、そこに顎を乗せた体勢でのんびりと訊いた。
「うーん。できれば死にたくないな。まだ、生きていたい」
「俺も、まだ死にたくないかな」
アステリアの気負わない訊き方に対し、ぼくらも思ったことを率直に伝える。このアステリアという女性は、敵であるはずなのにお互いの間の壁を感じさせない雰囲気を持っていた。
「お前たちにそんなことを言う権利があると思うか?」
カラルという男が、怖い顔でこっちを睨んだ。こっちは、アステリアと違って気持ちを隠そうともしない。
「権利? 思ったり、言ったりするのはぼくらの勝手だろ。訊かれたから答えただけだ」
その言いようにカチンときて、ぼくは言い返した。
「何いっ!?」
ガタンッ、と音をさせ、カラルの右腕が変化した。
さっきまで右腕だった触手が、ぼくの首を狙ったが、ぼくは手首の体毛を硬質に変化させ、空手の回し受けのようにテーブルに打ち下ろす。
触手がテーブルに当たる寸前で、海が左手で受け止めた。
「二人ともやるな……。カラル冷静になれ」
アステリアはカラルを睨んだ。
カラルが無言で頷き、触手を元に戻した。幸い、周りの人間に今の一連動きを気づいているものはいなさそうだった。
「まあ、お互い冷静になるんだ。ところで、君たちは、我々ギルディアのことはアイから聞いてるんだろう?」
「ええ。聞いてますよ」
ぼくは、朦朧とした表情のアイを見ながら頷いた。
「アイは本当に大丈夫なんですね?」
「ああ。言ったとおりだよ。体が動かないだけで、頭はちゃんと働いている。
私としては平和に話を進めたいんだ。ここで戦闘になって、周りの人間たちが死ぬなんてことは君たちも望んでいないだろう?」
「言いたいことがあるのなら、話は素直に聞きますよ。そいつを押さえておいてくれればね」
ぼくがそう言うと、カラルは座ったまま怖い目でぼくを睨んだ。もの凄い殺気が伝わってくるが、ふん! と鼻息を立てそっぽを向いた。
「こいつは押さえておく。約束するよ」
「……じゃあ、はい」
促されてアステリアに向き直る。
「私たちはアノンダーケ星で専制君主的な王制を打ち倒し、民主的な政府を立ち上げた。だが、一部に王族の生き残りを旗頭にしてギルディア政府を打ち倒そうという奴らもいる。ここまではいいかな?」
「はい。地球の歴史でも良くある話だと思いますよ」
「そうか……。だから、王族そのものを根絶やしにすればいいという発想で我々は地球まではるばる来たんだが、色々と考えさせられたよ。
実はな、地球に来てこの三週間ほど、私とカラルはここで働いている」
「えっ。マジですか?」
「ああ。マジだ」
ぼくの慌てようを見て、アステリアが声を立てて笑った。ぼくらの追手のアノンダーケ星人が、このショッピングモールで働いているなんて、想像もしていなかった。
「君たちを探しながらも、地球人に興味が湧いてね。科学力は我々の方が圧倒的に発展しているし、生物単体の力も全然強い。それなのに地球の方が、政治のシステムや個人的な権利に対する考え方みたいなことは進んでいるような気がしたんだ」
「へえ。そうなんですね。で、やっぱり、そうでしたか?」
「ああ。明らかに進んでいるよ。それに、地球人も……端的に言うと、いい人が多かった」
「いい人……ですか?」
「ああ。嫌われないようにフェロモンはうまく隠したがね。一緒に働いている人たちは、もはや友人だよ」
「そうなんですね。意外です」
「そうか? まあ、ついでにいろいろと調べてみたよ。図書館やインターネットでね。面白かったよ。戦争にしても、宗教にしても、文化にしても、掘り下げ方が我々の比では無い。こんなに残酷で、自分勝手で、欲に忠実なのに、相反するように愛があり、慈悲深い。そして、豊かな想像力……」
「ふうん……」
遥か遠くに住んでいたもの凄い科学力を持った宇宙人が、地球のことに興味を持っていることが不思議な感じがする。
「そして、ここで生活をし、仲のいい友人たちと平和に過ごすうちにふと思ったんだ。なぜ、私はギルディアに参加したんだったっけ、とな……。
私はただ、みんなのたあいのない平和な日常や生活を守りたかった。我々の世界には理不尽な出来事がたくさんあった。それをただ変えたかったんだ」
ぼくは悲しげなアステリアの目を見つめた。
「アノンダーケ星で戦う中で、汚い裏切りや嫌なことがたくさんあったよ。地球の戦争も一緒のようだがな」
「ぼくらは戦争は経験していないから本当の悲惨さは知らないけど、ひどいことだっていうのは知っています。それが本当の意味で分かっているということではないと思うけど」
「共感しようとしてくれてるな? ふふふ。ありがとう」
「いえ」
「なあ、分からなくてもいい。考えてくれ。
なぜ地球人は、戦争で殺し合っていながら、敵の子どもは助けるなんてことをするんだ? 逆に、子どもに爆弾持たせて屈強な兵士を殺すなんていう反吐が出そうなこともざらにある。なぜだ? なぜ、こんなに矛盾しているのか。考えたことはあるかい?」
「いや。正直無いです」
ぼくと一緒に、横で海も首を振る。
「きっと、人は簡単にはその立場を超えられないんだ。自分の内側の矛盾を超えられないと言ってもいい」
アステリアの顔が、どこか泣きそうな表情に見えた。
「我々の科学力を持ってすれば、簡単に君たちなんか殺せる。いかに王族の持つ力を使おうともだ。だが、それでいいのか。と、思っている。さっきも言ったが、地球人のことを好きになったみたいでね。私も、自分自身の矛盾と立ち会っているみたいなのだ」
「あの……心配しなくても、ぼくらは二人とも地球から出ていこうなんてこれっぽっちも考えていないですよ。そしたら、王族を利用しようという人たちも利用しようがないですよね……」
横から海が口を挟んだ。
「ああ。分かってる。だが、例えば、だ。お前たち二人のうち、どちらかがアイと相思相愛になり、結ばれて種を残してしまったらどうなる? 我々は疑心暗鬼なのだ。アノンダーケ星人同士で無いと種はできない。だから、アイが残ると言わなければこの心配も無くなる……」
ぼくはアステリアが言わんとしていることが分かって愕然とした。
「つまり……アイをアノンダーケ星に連れて帰るということか?」
「ああ。それか、君たち二人とも死ぬかのどちらかだ。アイを連れて帰るこということになれば、アイの乗ってきた宇宙船ごと持って帰る。ギルディア政府にも君たちは殺したと伝えよう。もう、地球にアノンダーケ星人が来ることは無くなる。地球へのワームホールの地図も消去してしまうよ」
「少しだけ、考えたい……」
ぼくはやっとそう言った。理屈は分かる。だが、アイと離れたくなかった。
「選択の余地はないぞ」
アステリアがぼくの考えを見透かすように言って続けた。
「お前たちが王族の力に目覚めていたとしても、我々とは実戦経験が違いすぎる」
その途端、ブーンと音を立て、周りを虫が飛んだ。思わず顔の周りを払う。体の表面の体毛がチリチリと逆立って、ぼくは気づいた。
「この虫は……ドローンか?」
「ほう。気づいたか。お前たちが加速能力を使っても、こいつらが補足し、ビームで攻撃を繰り出すのさ。流れ弾は当然、この店の地球人にも当たるだろう」
「お願いだ。今日一日だけ考えさせてくれ。明日には結論を出して、アステリアさんたちのいる洋服屋さんに行くから」
ぼくはそれだけ言うと、頭を深く下げた。
「分かった。日本風に言えば武士の情けという奴だ。明日の朝十時に来い。二階のアクシズだ」
アステリアはそう言うと立ち上がった。カラルがアイを脇から抱きかかえて立ち上がる。そして、ぼくらを振り返ること無くレジに向かった。
ぼくらは、その後ろ姿を呆然と見送ることしかできなかった。
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