第27話 遭遇
ぼくと海は、屋上の駐車場の隅に降り立つと、しばらく身を潜めた。空から下りてくるところを見られていたら大騒ぎになる可能性があるからだったが、誰にも気づかれていていないようだった。
駐車場を歩いて通り過ぎていく家族連れを見ながら、ぼくは息を吐いた。
「海。少し、アイの波動を感じられるか、試してみよう」
「ここで、瞑想するつもりか? 一緒に座戦は組めないぞ」
「ああ。だが、アイを見つけるためには深く瞑想する必要がある。波動は俺が探す。海は、ぼくの体を守ってくれないか?」
「なるほど。それがよさそうだな」
海は頷くと、辺りを見回し、
「あそこの屋根がいいんじゃないか?」と指さした。
そこは、屋上の駐車場から売り場へと下りる入り口の構造物の屋根だった。
確かにあそこなら、誰にも見とがめられそうに無かった。
辺りを見回し、誰も見ていないことを確認すると、ぼくらは一足飛びにそこに飛び上がった。種子の覚醒による加速能力を使い、瞬時に移動する。
「さて。始めるか……」
ぼくはそう言うと座禅を組んだ。海がぼくの肩に手を置き、しゃがみ込む。
「ここを中心に、植物の波動を拾っていく。建物の中にも観葉植物なんかがあるはずだからな」
「ああ。そして、アイさんの波動を探していくんだな?」
「そうだ」
「分かった。俺は達也の瞑想をサポートしながら体を守るよ。深く潜っても大丈夫だぞ」
「ああ。頼む」
ぼくはそう言うと、海の肩に置かれた手を感じながら呼吸を深くした。海はぼくのリズムに合わせ、呼吸を繰り返す。
風が吹く音と海の鼓動の音、自分の鼓動の音を聞きながら、まずは深く、深く自分の意識にもぐった。あの檜の枝の上で繰り返した瞑想と同じだ。周囲の植物たちの発する波動へ自分の意識を溶け込ましていく。
ショッピングモールを囲むように生えている樹木や花々の枝葉がざわめき、植物中の水や樹液が流れていく音までも一つになる。ぼくはそれらのリズムと一体になりながら、さらに感覚の網を拡げた。ぼくを中心に、辺り一帯の植物に包まれているのを実感する。
ぼくは海と一緒に、呼吸を静かに繰り返し、感覚を研ぎ澄ましその感覚網を屋上から階下へと拡げていった。
鉢植えの観葉植物、さらには壁に生えるわずかな苔に至るまで、ぼくの感覚野に繋がっていく。肩に手を置いた海にも、同じ感覚が伝わっているはずだった。
それは警察犬が匂いを頼りに見つける作業と少し似ているのかもしれない。ぼくは程なくして、アイの波動の跡を見つけた。微かなその手がかりを慎重に辿っていく。すると、二階のバックヤードなのか、売り場とは違うところにしばらくいた形跡を見つけた。さらに、移動している……ぼくはそこから、移動した場所を順に探った。
これは、飲食店か? たくさんの人々が集って飲食をしている中に、アイの波動を感じる。ちょうど、大きな鉢植えの観葉植物が幾つもあって、アイの波動感じやすい場所だった。
だが、この波動――
傍らに、アイとは違う奴が二人いる。そのうちの一人がぼくに向かって意識を飛ばすのを感じた。
向こうも気づいたか!!
ぼくは大きく息を吐いて、目を開いた。
「気づかれたな……」
「ああ。側にいるのは、おそらくアイさんの知り合いと追っ手の奴だな。だが、行くしかないよな」
「だな」
ぼくは海に向かって頷くと、立ち上がった。
*
屋上の駐車場からエスカレーターに乗り二階に下りると、飲食店街を目指してぼくらは歩いた。
飲食店街の中程にある喫茶店に、アイを含めた三人が座っているのを見つけた。店の端にある大人数用の席だ。ぼくと海は、外から半ば体を隠すようにして覗いていたが、アイの横に座る綺麗な女性と目が合った。
女性の顔はあの追っ手と違い、普通の肌の色をしていたが、髪は緑色の髪がメッシュヘアのように混じっていた。肌は何か塗っているのか――。もう一人は、アイと一緒でぼくらと変わらない黒髪に普通の肌の色だ。服装も二人とも奇抜な者では無かった。
行くべきかどうか迷っていると、女性は笑みを浮かべ、ぼくらを手招きした。
ぼくと海は、迷いながらも中に入っていった。
どうする。ここで戦うと周りの人にも被害が及ぶ。相手はそんなこと何とも思わないかもしれない。
テーブルの横に立つと、
「まあ、座りなさい。いずれは殺すかもしれないけど、今はまだ何もしないわ」
女性はそう言って、ぼくら二人に椅子を勧めた。
三人が座るのは繋がった長椅子だった。ぼくら二人は三人の向かい側に椅子を引いて座った。
三人の前にはそれぞれカップに注がれたコーヒーが置かれている。
「二人いたのね。知らなかったわ」
「ども。
女性の通常の声のトーンに、ぼくらは自然に頭を下げ挨拶した。
「地球人の名前は面白いわね。私はあなたたちの追っ手であるアステリア、そしてこっちがお手伝いのカラルくん。アイの昔からの友人よ」
紹介されたカラルに、もの凄い顔で睨まれる。アイは朦朧とした顔をしていて、表情に乏しかった。
アステリアと名乗った女性がベルトのバックルを操作した。すると、一瞬、緑色の肌に、緑色の瞳に変化した。だが、すぐ普通の地球人の色に戻る。
「これで、分かったわよね。私はアノンダーケ星人でギルディアの戦士」
ぼくはアステリアの言葉に頷くと、
「アイに何かしたんですか?」と訊いた。
「大したことじゃ無いわ。逃げられないように薬を飲ませただけ。私たちの会話は全て分かるはずよ」
「体は大丈夫なんですね?」
「ええ」
「そうですか……」
ぼくは唾を飲み込んだ。こうして、最初は全く意図していなかった宇宙人の追っ手との会見が、真新しいショッピングモールの喫茶店で始まったのだった。
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