第26話 アイとカラル(2)
ショッピングモールの屋上の駐車所の隅、給水塔の影に着地すると、エアバイクの動力を切る。同時に、光学迷彩機能も切れた。
私は目の前に現れた自分の腕を撫で、息を吐いた。
辺りを見回すが、どこにもカラルの姿は見えない。
太陽は昇り、既に辺りは明るくなっている。
給水塔の周りをぐるりと歩く。すると、ふいに肩を叩かれた。
突然のことに驚いて振り返ると、誰もいないはずの空間にアノンダーケ星人がよく着用する銀色の服に身を包んだカラルが徐々に現れた。髪の毛は伸びて、後に一本に束ねている。
カラルは光学迷彩機能ベルトを着けていたらしく、腰のスイッチをいじっているのが見えた。
昔のわんぱくな印象は消えていたが、顔立ちはもちろん懐かしかった。
久しぶりに見るその顔に、私ははしゃいだ。
「もう。今まで何をしてたのよ!?」
「お前こそ、元気だったか? すっかり地球人みたいな格好だな!」
私とカラルは、笑顔でお互いの肩をたたき合った。
「どうして、ここに呼び出したの?」
「分かっていると思うが、俺はここに王族の生き残りを狩るチームの一員としてやってきたんだ。お前も同じ役割を担っていることは全く知らずにな」
私の質問に、カラルは答えた。その表情は真剣だった。
「そうだったのね?」
「ああ。お前も来ていることは向こうを出発する直前に知ったよ。こっちに着いてすぐに、最初の追っ手のヴィムさんがやられたことを知った。本当に心配したんだぞ」
「カラル……単刀直入に訊くわ。あなた、ギルディアの一員なの?」
「ん。どういうことだ? お前は違うのか?」
カラルがきょとんとした顔をする。
「やっぱり、そうなのね。私はギルディアのふりをしているだけ……。お世話になった女王様の命を受けて地球に来たのよ。今は全力で王族を守る立場……」
「いや。嘘だろ? お前分かってるのか? 俺たち出来損ないを差別する文化を創った元々の元凶は王族たちだぞ。ギルディアは俺たちも含めたアノンダーケ星の全民族の人権を保障し、自由で民主的な政府を樹立してるんだ。我々の差別の元凶を作り出した王族を放っとくわけにはいかないんだ」
カラルはもの凄い剣幕だった。だが、私が困った顔をしているのを見て、それが嘘や間違いでは無いということに気づいたような顔になり、黙り込んだ。
「あなたとは戦いたくない。カラルは大切な友だちだから」
「友だち? お前との絆は、そんなものじゃないと思っていたんだがな……」
カラルはそう言うと、天を仰ぎ、右手の平で顔を覆った。
私はかける言葉を無くし、しばらく無言で動かないカラルを見ていた。
「カラル……」
肩に手を置くと、びくっと動き、こっちを見た。
「お前。ひょっとして、こっちで出会った王子を好きになったんじゃないだろうな?」
カラルの顔は猜疑心で一杯の表情になっていた。
私が返事をしないのを見て、その顔はますます憤怒の表情に彩られていった。
「分かった。分かったよ。そういうことか……。で、あれば、俺はそいつを絶対に許さない。必ずぶち殺してやるぞ!」
カラルがそう言ったのを聞いて、私は隠していたエアバイクに飛び乗った。
「それは絶対にさせないわ。でも、あなたとも戦わない!!」
私はそう言ってエアバイクを起動した。
みるみるうちに、光学迷彩機能が働き、周囲から消えていく。しかし、エアバイクは途中で止まって動かなくなり、透明になったはずの体も元に戻っていった。
「なぜ!?」
訳が分からず、辺りを見回していると、女性が現れた。カラルと同じく光学迷彩機能付きのベルトを付け、手には銃のようなものを持っている。
黒髪のロングヘアーの中に緑色の髪が幾本も混じっていた。地球で言うメッシュヘアのような感じだ。標準的なアノンダーケ星人と同じく肌は薄い緑色で、目も緑色。だが、服装はアノンダーケ星人のよく着る銀色の前身スーツでは無く。真っ白なブラウスに茶色のチノパンツ、そしてハーフブーツを履いていた。
「話は全部聴かせてもらった。私の名前はアステリア。ギルディアの戦士だよ。アノンダーケ星のマシンは普通、太陽か生命力をエネルギー源として使うからね。とりあえず、あなたのそのエアバイクは太陽の光を利用できないように、プロテクトバリアをここいら一帯に張ったの」
右手に持った銃を肩に当てながら、アステリアと名乗る女性は言った。
「カラルがあんまりアナタのことを心配するから、しばらく隠れて様子を見てたんだけどさ……やっぱり、女王の手先だったんだね。王子を守るために、ヴィムは殺したのかい?」
私はアステリアの質問には、何も答えずにその目を見返した。
「ふふふふ。まあ、いい。お前には、王子たちを呼び寄せる餌になってもらう。でも、まずは知ってることを洗いざらい吐いてもらわないとね」
アステリアは怖い表情で笑った。
「それと、地球人とアノンダーケ星人の関係は女王に聞いてるんだろう?」
私は突然訊かれたその内容に固まった。
「否定しないってことは、少しは知ってるんだね……約一万五千年前、この地球で栄えた超古代文明の宇宙船団……彼らは、宇宙の隅々まで調査し尽くすという野望を持って宇宙に出て行った……彼らは永遠とも思える長い宇宙旅行を行うため、宇宙船の核融合反応の光から光合成を行えるよう、自分たちの体を遺伝子操作したのよ。それが、最初の植物との融合人類。アノンダーケ星人のオリジンとも呼べる存在。彼らは自分たちの体をさらなる遺伝子操作で強化しながら、何代にもわたって世代交代を行いながら、宇宙を漂流したの。知ってた?」
「そこまで詳しいことは……」
「知らなかったか。じゃあ、もう少し教えてあげる。やがて、アノンダーケ星にたどり着いた彼らは、もう一度自分たちを遺伝子操作した。元々の地球人類に戻そうとしたらしいわ。しかし、その実験は失敗し、結果、猿人と今のアノンダーケ星人に別れたらしい。その後、何かがあって、遺伝子操作の技術は失われて今に至るの。アノンダーケ星人同士の生殖でできた種子を猿人に植え付けることでしか、種を保存できない今の形にね……これらは、王族の保管していた古文書に全て書かれていたことよ」
「じゃあ、始祖の伝説は本当ってこと。私が女王に聞いた話も……」
私が呆然としていると、
「気づいていると思うけど、お前たち出来損ないには、地球人の特徴がより濃く出ているだけってことよね。私はさ、王族の作り上げた差別や貧困を無くし、自由と平等のある世界を作りたいだけなんだよ」
アステリアは静かに言った。
ぶしゅっ。
背後にいたカラルが私の背中に押し当てた何かから、発射音が響いた。
私は、急速に目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
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