第25話 アイとカラル(1)

 ――話は、その日の早朝。まだ、太陽が昇りきっていない時間に遡る。


「まさか……」

 私は自分のガジェットに表示された内容に我が目を疑った。それは、アノンダーケ星で一緒に育ったカラルからのメッセージだったのだ。


 思わず、まだ寝ている達也たちの方を見てしまう。二人とも寝息を立てて、よく寝ているのを見てゆっくり息を吐く。


 メッセージには、地球に追っ手の従者として来ていること。そして、今いる場所とすぐに会いたいということだけが書かれていた。


 男のカラルとは実際の兄弟では無いが、女王の庇護の元、同じ施設で兄弟のようにして育った仲だった。しばらくしてから、施設を出て独り立ちしていることは知っていたが、その後の詳細は分かっていなかった……。クーデターが起こった後、連絡を取ろうにも、どこにいるのか分からなかったのだ。


 今回は、自分のように女王から頼まれて来たのか、それとも、私も知らないうちにギルディアの手先になって純粋に追っ手で来ているのか……。いずれにしても、私のガジェット宛てに、この内容のメッセージを送ったということは、まず間違いなく近くにいるのだろう。最初の追っ手であるヴィムが死んでしまったことも知っているはずだ。問題は、カラルが敵なのかどうかということであった。


 瞳の色が黒く、肌の色が緑色で無い子どもたちは、アノンダーケ星では出来損ないとして早々に施設に入れられる。アイも気づいたときには女王の管理・経営する施設にいたために、本当の親のことは知らない。同年代の子どもたちが何人かいる中で、最も仲がよかったのが男の子のカラルだった。


 一緒に勉強したこと。一緒にゲームや虫捕りをして遊んだこと。一緒に食事をしたこと……たあいのない思い出が頭をよぎる。


 私は万が一のことを考え、ロボットの骨組みを取り出し、家の中の蔦を巻き付ると、船のAIと繋げた。ロボットのコンピュータを起動し、AIと同期させると、最低限必要なデータをインストールする。


 ロボットが蔦の生命エネルギーを吸収し、無事動き始めるのを見て息を吐いた。次の追っ手と戦う前には、戦力の一つとしてこのロボットを準備するつもりだったが、今回は最低限で準備するしか無い。急いで、必要最低限の設定を済ませる。


 ロボットが起動すると、私は事情を手短に伝え、二人を無理に起こさないこと。しかし、私が正午を過ぎるまで帰ってこない場合は、二人に事情を話すよう命令した。


 動くことを考え、綿のパジャマから、ジーンズと長袖のTシャツ。薄手のブルゾンに着替える。二人を起こさないように静かに家から出ると、茂みに隠してあったエアバイクに跨がった。私は頭を振ると、エアバイクを起動し、発進させた。


 エアバイクに光学迷彩機能を発動させ、目的地を目指して低空を飛ぶ。風が髪の毛をなびかせ、服をばたつかせるが、光学迷彩のおかげで周りからは見えていないはずだった。


 私は、カラルとの思い出を考えながら、エアバイクを走らせた。思い出は色々とあったが、一番印象深く覚えているのは、施設の遠足で行った山での出来事だった。


 まだ、幼かった頃……地球人で言うと十歳くらいの年頃だったと思う。山の中腹にある広場で施設のみんなでボール遊びをしたのだが、何だか飽きてしまって、カラルと虫捕りに行こうという話になった。


 広場でも探したのだが綺麗な虫は見つからず、あちこち探すうちに二人だけ、施設のみんなから離れて崖の方に行ってしまった。


 すると、ちょうど崖の上でアノンダーケ星系の双子の太陽に照らされたキラキラと輝く虫を見つけた。今まで見たことの無いほど大きな奴だった。


 私は虫に目が釘付けになって後向きで後ずさりながら網を振り回した。そして、崖で足を滑らせて落ちたのだ。死んだかもと思うほどの高さだった。


 崖の上から左手を伸ばすカラルが見えた。

 私も、右手を伸ばす。


 その瞬間、二人の腕は初めて触手へと変化したのだ。カラルの左手と私の右手は絡み合い、繋がった。


 触手に架かるアイの体重――二人の体温がお互いに伝わり、一体となるような不思議な感覚。


 アイはカラルに引っ張り上げられ、お互いに笑った。と、同時にとても恥ずかしい気持ちになった。それがなぜかは今考えても分からない。


 その数日後、施設を訪ねてきた女王と一緒にアノンダーケ星のお菓子を作ったこともよく覚えている。


 材料を準備し、こねて形を成形していく。女の子だけで無く男の子たちも作ったのだが、カラルは不器用で、お菓子の見た目が汚くなってしまった。私は、泣きそうな、恥ずかしそうな顔をするカラルのお菓子をこっそりと自分のお菓子と取り替えた。


「なんでだよ」と涙を我慢して訊くカラルに、

「この前助けてくれたお礼に、私のお菓子をあげるわ」と答えた。

 甘くて切ない、大切な思い出だった。


 そういったことを思い出しているうちに、エアバイクは目的地にたどり着いた。

 空から見下ろすそこは、この前、タツヤたちと一緒にバスの中から見たショッピングモールだった。指定されたのはここの屋上にある駐車場。そこの一角にある給水塔のある場所だった。


 アイは上空から給水塔を見つけると、光学迷彩機能を発動させたまま、そこに向けてエアバイクを慎重に走らせた。

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