第22話 コンビ(3)

 次の日の朝。

 アイの用意した訓練の前に、ぼくは自主練をすることを海に提案した。


 何やら物騒な雰囲気を感じる実戦訓練の前に、海が存分に力を発揮できるよう、少しでも海の能力を底上げしたかったのだ。


 檜の大樹の根元。日が当たらず広場のようになった場所で、落ち葉を踏みしめ、ぼくらは向かい合った。

「海。初めてもいいか?」

「ああ」


「まずは、八割くらいで行くぞ。その後、威力を上げていく」

「いや。最初から百%《ヒャッパー》で来い。俺もそうするし、そうじゃないと本当の訓練にはならない」


「大けがするかも知れないぜ」

「そうなりそうなときだけ、止めてくれ。信頼しているよ」

「自信ないな……」

 ぼくは海の言葉に、笑いつつ気合いを入れ直した。確かに、力を抜いていては訓練にならないだろう。


 ぼくは一瞬で集中力を上げ、いわゆるゾーンの状態に入った。

 神経が加速し、海の動きをゆっくり感じる。そして、自分の移動速度も爆発的に上げた。


 海の背後に回り、首筋に手刀を放つ。


 海がしゃがんで避ける。

 海も加速能力と体毛による攻撃察知能力を発現している。


 王族にのみ遺伝する加速能力は、神経の伝達速度が上がることにより、相手の動きを止まったかのように認識し、かつ他人の二倍程度の速度で動くことができる力だ。


 また、体毛の感知能力は、空気のわずかな流れを体毛で感知することができるため、相手の攻撃をごく初期の段階で読むことができる。


 この二つの能力を組み合わせることにより、武道で言うところの究極のせんが容易に可能となる。相手が動いたのを確認してから、カウンターを打つことができるのだ。だが、同じ力を持つ海とぼくに能力のもたらすメリットは無くなっていた。


 ぼくらはめまぐるしく動いた。

 手刀、蹴り、パンチ。


 一連の流れの中で、海が落ち葉に足を滑らせた。

 プロテクターで覆われた手刀を海のこめかみに向けて打った瞬間だった。


 ヤバい当たる。攻撃を止めきることはできない――


 手刀が海のこめかみにめり込む瞬間、海の髪の毛が硬質に変化した。

 こめかみも含め、顔全体を包むように変化したのだ。


 ぼくの手刀は、海の作り出した防御プロテクターの表面を滑っていく。

 一瞬、呆然とするぼくの足を地面ギリギリを掠めるように、海の右足が払った。


 ぼくは地面に倒れ、海のパンチがギリギリで止められるのを見ていた。

「凄い! とっさに防御プロテクターを展開するなんて。それに、今の技は何なんだ?」


「実は引っ越した後、無視が始まるまでは空手をやってたんだ。結構、うまかったんだぜ」

「そうなのか……」

 ぼくは海に助け起こされながら呟いた。


「これなら、大丈夫だな」

「合格か?」

「ああ。頼むぜ、相棒」


 ぼくは右手を出して笑った。

 海はぼくの右手をがっちりと握り返した。


      *


「準備は良さそうね」

 ぼくと海が、枝の上でお互いに向かい合い、座禅を組んでいるとアイがやってきた。


「二人に渡すものがあるの。次の訓練ではこれを使いこなすことも目的ね」

 アイはそう言って、二つのブレスレットのようなものをぼくらに見せた。


「恐らく次の敵は用意周到に準備してくるわ。最初の追っ手が倒されたことにも気づいているでしょうから。あなたたちのコンビが如何に強くても、生身だけでは絶対に勝てない。このアノンダーケ製の武器も十分に使えるようになっておいて」


 アイは、ブレスレットを海とぼくにそれぞれ渡した。

「これ、使い方はどうするんだ?」

「コツがあるの。それぞれにあなたたちとだけ繋がるように、昨日チューニングをしておいたわ。あなたたちの意志によってそれは武器になるのよ。あの最初の敵が使っていたカード型のガジェット。あんなものだと思えばいいわ」


「いや。でも、その説明じゃ分かんないよ」

「それと繋がれば分かるわよ。繋がらなければ使えないから、口で説明してもしょうがないけど、一つだけ……。戦うときになってほしいものを念じて」


「そうすればこれがそれに変わるってことか?」

「まあ、繋がることができればね」

 アイは頷いた。


「じゃあ、下りるわよ」

 ぼくらは、それぞれ渡されたガジェットを身につけた。何となく右腕にブレスレットをつけると、海は左腕に付けているのが見えた。そして、円筒形の光の中に入っていった。


 アイは箱形の機械を小脇に抱えている。

「それは何?」

「うん。すぐに分かる。ついてきて」


 アイの後をついていくと、檜の生えているゾーンとは違う、比較的小柄な木々の植わっている林にたどり着いた。


「ここならよさそうね」

 アイはそう言うと、小脇に抱えていた箱形の機械の上で手をひらひらと動かした。機械から、光の線が無数に延び、周りの木々に到達する。すると、信じられないことに周りの木々が一斉に動き出した。それも根元ごと動き出したのだ。


 ぐ、ぎ、ぎ、ぎっ……

 軋むような音を立て木々は円形に拡がり、ぼくらを囲むと、半球形の屋根を作り始めた。


「嘘だろ? どんな仕組みだ?」

 あっという間に木々は、緑のドーム状の建物を作り出していた。床は下生えも一切なくなり、落ち葉の敷き詰められたふかふかの地面だ。


 木々の作る屋根の隙間からは日光が差し込んでいるため、思ったほどには暗くない。


「これなら、何があっても大丈夫でしょ。ここが、あなたたちの道場ってやつね」

 アイはそう言って胸を張った。


「道場って……どこで覚えたんだよ」

 ぼくと海はこれからどんな実戦訓練が始まるのかを想像し、身震いした。

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