第18話 親友(2)

「これがさ。達也とプールに行ったとき。二人とも真っ黒だろ」


 海がスマホに保存されている子どもの頃の写真を見せ、アイがそれを興味深そうに見ている。ぼくは何だか照れくさかったが、楽しそうなアイの表情を見ていると、止める気にはならなかった。


「夏休みは、よくカブト虫を捕りに山に行ったよな」

「ああ、そうだったな」


「クワガタは樹を蹴れば落ちてくるけど、カブトは落ちてこないから、夜のうちに蜜を塗ってまた朝に捕りに行ってさ」


 そんなたあいのない思い出話も、アイは喜んで聞いてくれた。子どもの頃の話をずっとしていると、玄関の鍵が回る音がして、「ただいまあ」という女の人の声が聞こえてきた。


「母さんだな」

「そっか」

 階段を上ってくる音を聞きながら、ぼくとアイは居住まいを正した。


 足音は、海の部屋の前で止まった。

「海。入るよー」

 引き戸が開けられ、入ってきた海の母は、ぼくとアイを見て目を丸くした。他の人がいるなんて、これっぽっちも思ってなかったに違いない。


「こんにちは。お久しぶりです。ぼく……」

「達也くん?」

「はい」

 海の母は口を押さえていた。


「元気だったの? まさか、遊びに来てくれるなんて……。そっちの女の子は彼女さん? すごく綺麗な子ね……」


 矢継ぎ早に話を続ける海の母に、

「母さん。とりあえず、落ち着こう」

 海は苦笑いしながら言った。


「だって。うれしくてさ……ちょっと待ってて、お茶くらい出させてね」

 海の母そう言うと、階段を下りていった。


「海。あのさ、お母さんに話をしないとな。ぼくから話をしていいか?」

「いや。自分で話すよ」

 海はぼくの目を見てそう言った。


「全部を明かしてしまうと、信じてもらえなくて許可も、もらえないかもしれない。とりあえず、達也のじいちゃんとこに遊びに行くことにしよう。どうせ、俺、学校行って無いしさ」

「うん。分かった。海に任すよ」

 ぼくは頷いた。


 しばらくして、海の母が冷たい麦茶とお菓子を持ってきた。そのまま、そこに座ってさっきの続きが始まったところで、海が話を切り出した。


「母さん。達也は、何だか悪い予感がして、それで心配になって、わざわざ俺を訪ねてきてくれたんだ。今、学校に行ってないのなら、しばらく家に来ないかって誘われたんだけど、どうかな? 俺行きたいんだけど……」


「ありがたい話だね……」

 海の母は目を拭った。

「達也くん。海から聞いたかも知れないけど、海は中学で酷いいじめに遭ってしまったの。ずっと、塞ぎ込んで家にいたから、こんなに明るい海を見るのは久しぶりで本当にうれしいわ」


 ぼくは笑顔になって話す海の母に、頷いた。 


「海も達也くんが来てくれて喜んでるし、行けば元気になりそうな気もするし……賛成してあげたいのはやまやまなんだけど……」

 海の母は、悩ましげな表情で、ぼくを見た。


「もし、じいちゃんたちの迷惑とか考えてるなら、心配ないですよ。じいちゃんたちも久しぶりに海に会えて喜びます。大歓迎ですよ。実はじいちゃんにも、ぼくの心配を話した上で、ここには来たんです」

 ぼくは、にっこり笑って返した。


「そう? それなら、頼もうか。お母さん、ホント、海が元気になりそうなら何でもしてあげたくって……ごめんね。達也くん。ぜひ、お願いします」

 海の母はそう言うと、目尻に浮かんだ涙を手で拭きながら頭を下げた。


「そんな。大丈夫です!! 頭を上げてください!!」

 ぼくは慌てて、海の母にそう言った。


「じゃあ、準備するね。もしかして、今すぐ出るつもりじゃないよね? せめて、今日は泊まってって。お父さんにも説明して欲しいから……」


 ぼくは、すぐに出発したいと言いかけて止めた。嬉しそうにする海の母の様子を見ていると、そうは言い出せなかったのだ。


 急遽、海の家に泊まることになったぼくらは、帰ってきた海の父と一緒に鍋料理をつついた。もちろん、じいちゃんには、スマホのメッセージアプリで連絡を入れた。


 海の両親は、二人とも本当に嬉しそうで、アイとぼくの仲を詮索したり、ぼくと海が学校に捕まえたカブト虫を持ち込んで怒られた話をしたりして、ひとしきり盛り上がった。


 二人ともビールでほろ酔いになっていたこともあったのだろうが、海が元気になったことが嬉しかったのだと思う。ずっと笑顔で、海自身もにこにこと笑って、二人の様子を見ていた。みんなで和気あいあいと過ごしていると、あっという間に夜は更けていった。


 結局、お風呂も借りてアイは両親の部屋に、ぼくは海の部屋でそれぞれに布団を引いて寝ることになった。


 常夜灯だけ点いた海の部屋で、ぼくは中々寝付けないでいた。

「なあ。達也」

「何? 海も寝付けないの?」

 話しかけてきた海に、ぼくは訊いた。


「ああ。それもあるけど、あのさ。ありがとな」

「どうしたん? 改まって」


「ずっと孤独だったんだ。本当に長い間、孤独だった」

「そっか……そうだよな」


 噛みしめるように頷く。ぼくは高校からだったが、海の場合、中二の終わりくらいからなのだ。本当に大変だっただろう。


「海。大変だったね。これからは一緒だよ」

「ああ。頼む」

 

 オレンジ色の小さな常夜灯がぽつんと暗い天井に浮かぶ中、海の返事が小さく響いた。

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