第17話 親友(1)

 ぼくはアイに許可を貰って、携帯のつながるところまで下りていき、じいちゃんにスマホで電話をした。


 待ち合わせの時間と場所を決めると、林道の大きく膨らむように拡がっている場所まで軽トラで来てくれた。前にぼくが怪我をしたときに、下ろした場所がここだったらしい。道は狭い上に、大きな落石や倒木があったりでかなり酷かったが、四駆の軽トラの機動性で何とか走れる感じだった。


 助手席にアイが乗って、ぼくが荷台に乗る。ぼくはじいちゃんの用意してくれたクッションに座って、ビニールシートを被って隠れた。


「これでよかったか?」

 中学一年生の頃、海から届いた年賀状を、荷台に載る前にじいちゃんがぼくに渡した。二年生以降、なぜか届かなくなった年賀状。もし、引っ越していなければ、ここに書かれている住所に今も住んでいる可能性が高い。


 ぼくは、かいが住む地域を、東京の西にあるこの地域から大雑把に東の方だと見当を付けていた。あのとき繋がった感覚からの推測だったが、おそらく都心まではいっていないはずだ。


 ぼくは唾を飲んで、年賀状に書かれた住所を見つめた。

「それにしても、海くんも、お前と同じような境遇になっていたとはな……」

 じいちゃんが、心配そうに言う。


「うん。だから、心配なんだ。ひょっとすると、あいつらの仲間に狙われてるかもしれないし、ぼくみたいに学校で無視されたり、いじめられてるかもしれない」


「ああ。そうだな……お前にとって一番の友だちだったからな。気をつけて行ってこい」

「うん。分かった」

 ぼくは頷いた。


 林道の荒れた路面に激しく揺さぶられながら一時間ほど走ると、アスファルトで舗装された道に出る。それからまた、四十分ほど走って駅に着いた。


 駅のロータリーで下りると、ぼくとアイは府中の方面に向かう路線の電車に乗った。そして、年賀状に書かれた街の駅で降りると、そのまま家へと歩いて向かう。


 一時間ほどかかって目指す住宅街にぼくらは着いた。こぢんまりとした二階建ての家屋が密集するように立っている。スマホの地図アプリも使いながら家を探す。すると、三十分もかからずそれらしい家にたどり着いた。


 赤い屋根に白い壁の二階建ての一軒家。表札にはたちばなとある。

「よかった。引っ越しはしてないみたいだ……」

 ぼくは呟いた。


 インターホンを押そうかどうか躊躇ちゅうちょしていると、

「おい。お前、誰だ?」

 と声をかけられた。


 聞き覚えのある懐かしい声――

 振り向くと、色白の髪がボサボサの少年がそこには立っていた。グレーのスエットのズボンに白いTシャツ、グレーの前開きのパーカーを着ている。


「もしかして、達也か?」

 少年は驚いた顔で訊いてきた。

 昔はもっと日焼けして、わんぱくな感じだったのにな。


 ぼくは懐かしい顔を目の前にそう思いながら、すぐには言葉を紡ぐことができず、黙って頷いた。


「元気か? 海……」

 しばらくして、ぼくがやっと訊くと、

「まあ、まあだな」

 海はそう言って、苦笑いのような表情を作った。


「学校は近くなの?」

「うーん。まあ、色々あってな……。行ってないんだ」

 海はそう言って下を向いた。


「そっか。途中から年賀状も途絶えてしまって、どうしてるのかと思ってたけど」

「ああ。すまない」


「いや。なんで謝るんだ。ぼくこそ、ごめん。一回も海のこと訊ねようとしなかった……」

「ばか。謝る必要なんかあるか。おあいこだろ」

 海は笑った。


 ぼくは

「なあ、海。変なことを言うよ……」と、切り出した。口調が真剣になっていることに自分でも気づく。


「ああ。何だ?」

「ぼくに会いに来いって言ったよな?」


「え……」

 海が絶句して、ぼくの目を見た。


「……あれは幻じゃなかったのか? 家にいるときに突然、頭にお前の姿が浮かんだんだ。懐かしくて、嬉しくてな」


「うん」

「思わず助けを求めちまったんだ……」


「ちゃんと、届いたんだよ」

 海の目を見つめ返す。

「そんなことがあるのか?」

 海の目に涙が浮かんだ。


「ああ。あるんじゃないか。ぼくとお前の仲だもんな」

「ばか」

 海はそう言って笑い、目を手の甲で拭った。


「達也。家に上がるか?」

「うん。彼女もいいか?」

 ぼくはアイの方を向きながら訊いた。


「ああ。いいけど、誰なんだ?」

 海はいぶかしむように言った。


「彼女は、多分お前にも関係することに繋がる人だ」

「ふうん」

 海は分かったような分からないような複雑な表情のまま、ドアを開いてぼくらを招いた。


 玄関で靴を脱いで家に上がる。海の部屋は二階にあった。階段をきしませながら上り、PCの置かれた狭い部屋に入る。三人もいると、部屋が一杯になるような感じだった。


「海。ひょっとして、学校で無視されたんじゃ無い? いじめとか……」

 ぼくが切り出すと、

「ああ。中学二年の年末ぐらいからな……」

 海はそう答えた。


「そんなに早くからか。突然だったんじゃないか? 原因が分からないっていうか……」


「ああ。そんな感じだ。突然、無視が始まって、話しかけると気持ち悪そうにされるんだ。暴力を振るわれるわけじゃ無いけど、そんなのがずっと続くと、辛くてさ。でも、何で分かるんだ?」


「ぼくもそうだったからだ。ぼくの場合は高校になってからだったけど……」

「どういうことだ? さっきの俺とお前が繋がったってことと関係があるのか?」


「実は関係あるんだ。今からする話……ひょっとしたら、信じられないかもしれないけど、できるだけ冷静に聞いて欲しい。いいかい?」

「何が何だか分からないけど、分かったよ」

 海は、戸惑いながら頷いた。


「まず、彼女を見て欲しい。アイ。頼む」

 アイは頷くと、右腕を触手に変えた。緑色の太い蔦のような触手。ぐねぐねと動くそれを見て、海は信じられないというような顔をした。


「これは何なんだ?」

「アイは、アノンダーケ星という地球とは違う星の宇宙人なんだ……」

 驚く海に、ぼくは説明を始めた。


 アノンダーケ星のこと。そこの王族と反主流派のギルディアの民との争いのこと。女王が逃がした種子がぼくら二人の体に宿り、細胞の融合が始まっていること。そのために、親族以外の地球人からは忌避されてしまう存在になってしまっていること。アイは女王から託されてぼくらを守るためにやってきたことを――


「お前の種子はどうやらぼくの寄りも目覚めるのが早かったみたいだ。信じるか?」

 ぼくは海の目を見て訊いた。


「信じさせるために、アイさんの腕を変えさせたんだろ……。あれはどう見ても、作り物なんかじゃ無い。それに、あのとき、お前と繋がった感覚。そして、お前も、俺も人間から忌避されてしまう存在になったこと……。信じない方がどうかしてるんじゃ無いか?」

 海はそう言って頷いた。


「よかったよ。信じてくれて。一つ訊いていいかい?」

「ああ。何だ?」


「薄い緑色の肌の銀色の服を着た男は見てないか?」

「いや。見てない」


「そうか……よかった」

「そいつが追っ手……ギルディアの民って奴なのか?」


「ああ。そうだ。なあ海。一緒に訓練しよう。力に目覚めないと、追っ手にやられてしまうぞ」

 ぼくはそう言うと右手を差し出した。


「本当に久しぶりにやってきたと思ったら、俺をそうやって連れて行くのか。まあ、いいんだけどさ、一応母ちゃんには訊いてみないとな」

 海はそう言うと、笑ってぼくの右手を握った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る