第16話 覚醒(3)
「じゃあ、その友だちと繋がった感覚があるのね?」
「うん……」
ぼくとアイは、家に戻り話を続けた。
丸いテーブルを挟んで、お互い椅子に座っている。
ただ、感じたとしか言いようがない。一瞬だったが、あの確実に繋がった感覚。確かに
アイがぼくの目を見つめ、ぼくもアイの目を見つめ返した。
「そのカイくんとは、本当に仲良しだったのね?」
「うん。そうだな……まあ、ぼくに父さんと母さんがいなかったせいもあると思うけど、兄弟みたいに仲良かったよ」
「……あくまで可能性の話だけど……ひょっとすると、お互いにアノンダーケ星の種子が体に入った同士だからこそ、親密になったということもあるかもね」
アイが首を傾げて言った。
「だからこそ、兄弟のような絆を感じていたのかもな……」
ぼくは、アイの言葉を聞いて、海の笑顔を思い出していた。
「うん。これも運命だったのかもね」
「だよね」
アイの言葉にぼくは頷いた。
アイの推測では、女王が地球に向けたポッドに入れた種子は二つあったのじゃないかということだった。偶然だろうが、隣に住んでいた
「でも、それだとそのカイという少年も大変なことになっているかもね……。あなたと違って私のようなサポートする存在はいないから」
アイが眉根に皺を寄せて言った。
ぼくは頷くと、アイの目を見た。
「そうなんだ。だから、会いに行こうと思う。困っているなら助けたいし、一緒にこの状況を生き延びたい……。止めるかい?」
「ううん。止めないよ。でも、最初に私とした約束を覚えてる? あなたが本当に覚醒したのかどうか、試験をしたいわ。その結果次第ね」
アイはそう言うと右手の人差し指を一本立てて左右に振った。
「確かに、そうだな。存分に確かめてくれ」
ぼくはそう言って、唾を飲み込んだ。
*
ジャリッと地面を踏みしめる音が響いた。既に辺りは薄暗くなっている。
ぼくは深呼吸をすると、アイと向き合い、その動きに集中した。
「今度は手加減しないわよ……」
アイがそう言うと、右手が太い触手へ変化し、目が青く光った。
触手の攻撃が来ると思ったその時、アイの体の表面から生え出た細かい棘が、無数に飛んできた。
体毛が逆立った。
飛んでくる棘の起こす微細な空気の流れを感じる。
棘の飛んでくる方向を読んで素早く動く。
チン、チュイン!
避け損なった棘を、体毛が硬質化したプロテクターが弾き飛ばす。
全ての攻撃を避けきったぼくに、
「奥の手だったんだけど、さすが!」
アイは叫んで、すかさず触手をぼくへ打ち下ろした。
その瞬間、アイの触手の動きが一瞬止まった。
いや――
自分の感覚や運動能力が加速されているのか。
アイの触手は止まっているのでは無く、ゆっくりに動いていた。そして、自分自身はその加速された感覚の中で動いている。
アイの直前で急停止すると、右足を大きく開きながら回り込む。
真横に移動し終えたとき、アイはまだ気づいていなかった。
ぼくは触手の付け根に手刀を打ち付けた。
手は体毛が変化した薄いプロテクターに守られている。思い切り打ち付けると、ダメージが大きそうな気がして、ぼくはかなり手加減をして打った。
アイが、
「うっ」と呻き声を上げてぼくを見る。
いつの間に、そこに来たのかという顔をしていた。
「大丈夫か?」
「うん。何とかね……でも、本当に目覚めたのね」
「ああ。なんと言えばいいのか。あのアイが攻撃をした瞬間、感覚が究極に研ぎ澄まされた感じだ」
「その感覚と動きを加速する能力こそが王族だけの力なの。体毛で敵の動きを察知する能力と組み合わせれば、最強とも言える力を発揮できるはずよ」
アイはそう言って触手から元に戻った右腕のつけ根を抑え、立ち上がった。
「でも、ぼくにはアイやあの男のように、体そのものを変化させる能力は無いみたいだよ」
「うん。王族にその力は発現しないの。でも、タツヤの体毛を変化させる能力も、使い方によってはだいぶ役に立つわよ。これで、友だちのところにも、おじいさんたちのところにも行けそうね」
アイは微笑んだ。
「そう言えば、ちょっといいかな?」
「何?」
「アイのあの棘も体毛を変化させたものなんだろう? あれって、武器以外の別の使い方があるんじゃ無いか?」
ぼくはずっと前に気に掛かっていたことを、ふと思い出して口にした。
「え。例えば?」
「人間の首筋の後に刺して、感情や記憶をコントロールするとかさ」
「なんでそう思うの?」
「黒田たちが突然、ぼくのことをいじめるのをやめたり、クラスでの無視が止んだりしたの、不自然だなって思ってたからさ。あのときのことを思い出すと、アイが手を振るような動作をしたなって思ってさ。もちろん、棘だけでそんなことできないだろうから、何かアノンダーケ星のテクノロジーと組み合わせてるんだろうけど」
アイはしばらく無言で何かを考えているような表情をしていたが、諦めたように大きく息を吐いた。
「実はそう……でも、よく私の棘とみんなの態度の変化が結びついたね?」
「うん。だってぼくにも刺しただろ? あの花壇で水やりしてたとき……何かチクって刺して、その後、アイに対する疑問がどうでもよくなったからさ。何かおかしいなって思ってたんだ」
「だって、あのときは素性を明かすタイミングじゃ無いって思ってたから、まだ隠さなきゃって必死だったの」
アイの顔がみるみるうちに真っ赤になって、目線が落ちる。
「そっか。それで腑に落ちたよ。花壇で会った後、あんなに気になっていたいろんなことがどうでもよくなったのは、やっぱり、そうだったのか。アイがぼくの気持ちをコントロールしたんだな?」
「それは……、それはね。さっきも言ったけど、まだ細かい事情を明かす時じゃないって思ってたから……私の正体がばれないようにしようと……ごめん」
アイはそう言うと、見た目にも分かるくらい、しゅんとなって肩を落としてしまった。顔も下を向いている。
「アイ、どうした?」
肩を揺らし、顔を覗き込むと、アイが涙を浮かべているのが見えた。
「ごめん……もうしない。絶対」
ぼくは慌てた。
「そ、そんなつもりじゃなかったんだ。別に怒ってるわけじゃ無いんだよ。何でか知りたかっただけで。ごめん。落ち込まないで」
ぼくはアイの肩をさすりながら言った。
言い過ぎちゃったか――
ぼくは頭を掻いて反省した。
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