第12話 秘密(2)

「私のことで色々気になっていたことがあるよね?」

 アイが少しこわばった顔で言った。緊張しているみたいだった。


「うん。正直あるよ……。最初の出会いからして、普通じゃ無かったからね。疑問だらけっていうのが本当のところだけど、何か途中から気にならなくなってたんだよね」

 ぼくはそう言った。


「そっか」

 アイはため息をついた。


「気になってたけど、説明を聞いて納得していたこともあるんだよね。最初に外国語を話したこととか、公園で倒れていたこととかさ。でも、それは、はっきり言うと、嘘なんだろ? ……あの公園で襲ってきた男が言っていたこと……自分が主人だっていうこととか、凄い気になる……」


「そうだよね。全部、説明するよ。本当に一から全てを……」

「それはアイさんの正体にも繋がるの?」


「ええ。もちろん。タツヤ、あなたの正体にもね」

「ぼくの正体……って?」


「なぜ、みんなに無視されるようになったのか、気になるでしょ?」

 ぼくはアイの言葉に驚き、改めてアイの真剣な表情を見返した。


 そして、唾を飲み込みながら、頷くと、

「それは、ぜひ、聞かせて欲しい」と答えた。


 頭の中に、じいちゃんとアイが「ぼくの体に星から飛んできた種が入り込んだ」と会話していた内容が蘇る。


「分かったわ」

 アイは頷くと、長い髪をかき上げ、天井を見上げた。


「地球から約250万年光年離れたアンドロメダ銀河。その中にある小さな双子の太陽を囲む惑星群、アノンフェルド太陽系。その中にある第4惑星アノンダーケ。


 豊富な水と空気に恵まれ、植物と動物の暮らすその星には、地球人とは全く異なる種類の知的生命体がいたの。彼らは大きな樹から放たれる種子を、地球で言うところの猿人のような生物に寄生させ、一個の知的生命体として完成するの。言わば植物寄生型生物とでも言うべき生命体。


 彼らアノンダーケ星人は、植物由来の特殊な能力と高い知能を誇っているわ。そして、長い年月をかけて、科学技術も高度に発展させているの」


「アノンダーケ星人……」

 ぼくは、茶色に枯れて死んでいった男を思い出していた。


「信じられない?」

「いや、そんなことはない……何か、そんなくらいに突拍子も無いことの方が、辻褄が合うような気がするっていうのが今の素直な感想……」


「よかった。じゃあ、説明を続けるわ」

 アイは軽く息を吐いて微笑んだ。


「種子はたくさんできるわけではなく、猿人への寄生も常には成功しないの。だから、彼らの数はそこまで多くはない。だけど、高い知能と植物の特性を生かした特殊な能力により、生物系の頂点にいるのよ。数が多くないことと、アノンダーケ星の資源が豊富なこともあって、長い間平和が保たれ、戦争は起こってこなかった。彼らの中でも特に特殊能力を持つ人々が王族としてグボルタ王国を興し、この星を治めてきたのよ。


 でも、星の陸地は、個々人にとっては広いわ。地球で考えれば分かりやすいけど、地球には本当にたくさんの国々があるよね。アノンダーケ星人の総数は百万人ほどと数が少ないから、地球のようにはならないけど、それでもその陸地は広くて、王族の目が届かない土地も多くあったの。そんな土地のうちの一つ、ギルディアの民が中心になって、ある日クーデターが起きたの」


「クーデター?」

「ええ。永く続いた平和の中で権力は歪み、汚れていった。それとともに、そのことへの不満を持つ分子も増えていったのね。民主的な政府を求める運度は瞬く間に拡がり、王族は滅ぼされた……。でも、女王の産んだ一粒の種子が宇宙へと逃がされたの。クーデターが高い確率で起こることは、予想されていたのよ。


 種子は、前もって準備されていた小さな宇宙船に入れられ、自動航行モードで出発させられたわ。行き先は、アノンフェルド太陽系の外縁にあるワームホール。このワームホールは、宇宙の様々な場所へワープする通路に繋がっているの。


 そして、宇宙船にはさらに、行き先がプログラムされていた。250万光年離れたアノンダーケとよく似た環境を持つ星。太陽系第三惑星の地球よ。プログラムされたワームホールの出口は太陽系の外縁にある。そこから出た宇宙船は、地球を目指して飛んだの。種子が地球で運良く、知的生命体に寄生し、さらにうまく芽吹くかどうかは賭けだった。だけど、王族の生き残りを賭けて、その種子は果てしなく広い宇宙へと射出されたの」


「とんでもなく壮大な話だね」

「ええ。そうね……」


「だけど、なぜその王族は地球のことを知っていたの? そんなに離れた星なのに」

「アノンダーケ星に伝わる伝説では、遥か過去に、空の果てから降り立った始祖が自分の身体を種子と猿人に分けたのだと伝わっているの。そして……これは私がお世話になった女王に聞いた話なのだけど、その始祖は地球の出身で、ワームホールの地図もこの始祖が王族に伝えたものだと」


「何と、そんなことが……じゃあ、アイも宇宙人だけど、元々地球人に由来した種ってことなのか?」

「ええ。そして、地球時間で約一年後、王族の敵方の人々は、王族が種子を宇宙へ逃がしたことを知ったの。だけど、ワームホールの中をどう辿って、その種子を載せた宇宙船が逃げていったかは王族のみの秘密だった。その後、その正しいルートを調べるのにさらに約十四年かかったの。


 そして、追っ手たちは地球へ向かって宇宙船を飛ばした。ワームホールを利用してきた追っ手たちは、それぞれの辿ったルートの誤差により、時間差で太陽系の外縁に現れ、その後、地球へ向かった。そして、ようやく宇宙船が地球に辿り着いたのは、種子が飛ばされて約十六年後のことだったわ」


「まさか、その種子が……」

「そう、あなたの体の中に入っている。私はあなたと初めて会ったときには気づいたの。まさか、こんなに早く会えるなんて思っていたから凄く驚いたわ」


「アイはぼくに会いに来たってことなの? でも、あの男は……ぼくの追っ手なんだよね? そうか、種子がぼくの体に入っていると言うことは、あの男が言っていたように、ぼくがその王子ってっことなのか?」


「そうよ。アノンフェルド太陽系、第四惑星アノンダーケ、グボルタ王国の王子。正確には人間の達也が幼い頃、種子が寄生して融合した結果があなたということなの。だから、タツヤが死にそうな大けがをしたとき、私の持つ修復細胞が馴染んだのよ」


「マジか……でもさ、ぼくなんか勉強もできないし、運動神経も悪いし、コミュ障なんだよ、みんなにも無視されてさ……」


「運動神経は、そうなの? 私を助けてくれた時なんて、十分素早かったけど。まあ、もしタツヤの言うとおり、運動が得意じゃ無いんだったら、体の中で芽吹いた種子の細胞があなたの中に馴染みきっていないからだと推測されるわ。それと、みんなに無視されていた件だけど……」


「そうか……軽トラの中でじいちゃんに言ってたよね。違和感とか気持ち悪さみたいなものを感じたことないかって。これも、その種子に寄生されているせいなのか」


「そう。タツヤがみんなに距離を取られていたのは、コミュニケーションが苦手だったせいじゃないわ。みんな、タツヤが普通じゃないことに本能で気づいていたからなの。完全に種子の細胞が体の中で馴染んでしまえば、距離感を取られないように自然に隠すことができるようになる。もちろん、運動神経も驚くほどに向上するわ」

 アイは、微笑みながらそう言った。

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