第13話 秘密(3)

「今の説明で、大体背景は、分かったような気がする。正直、実感は追いついていないけどね……」

 ぼくは苦笑いして続けた。


「けど……あの男、自分のことをアイさんの主人だって言ってたよね?」

「うん」


「同じアノンダーケ星人なんだよね。それは、どういうことなのかな? それに、あの男、肌も目も緑色で、アイさんとは全然違うし……」

 ぼくの質問に、アイは少し眉をしかめた。


「なんか、言いにくい?」

「ううん。そんなことないよ。あのね……私は、彼の部下として配属されていたの。ギルディアの民である彼の命令に従う出来損ないの従者として……」


「出来損ない……どういう意味?」

 ぼくは、すぐにはアイの言っていることを理解できなかった。


 アイの説明によると、アノンダーケ星の猿人に種子が着床後、うまくいけば肌と目が緑色のアノンダーケ星人になるのだが、まれにそうならないパターンがあるのだそうだ。


 それは着床そのものを失敗するパターンとは全く違う。何か未知の遺伝子が邪魔をして、目と肌の色が緑色にならないアノンダーケ星人が産まれるというのだ。そして、それらの人々は見た目が異なるために「出来損ない」と呼ばれた上で差別され、奴隷のように扱われるのだということだった。


「酷いな……でも、その未知の遺伝子って、要は地球人への先祖返りみたいなことなんじゃないのかな?」


「うん、そうね……。私は元々、女王に庇護された出来損ないだったの。それで、女王からは伝説に基づいた始祖の話を聞いていたから、途中からそう思うようになったけど、一般にはそうは思われていないわ。


 他にも数人、同じような境遇の子がいて、はっきりとは言われなかったけど、たぶんみんな王族の誰かから生まれた出来損ないだったのね。女王は優しくて大好きだったわ。あなたの種子が入ったカプセルは見せてもらったこともある。女王が最後に産んだ種子として保管されているカプセル……」

 アイは遠い目をして言った。


 その後、間もなくしてすぐにクーデターは起こり、種子の入ったカプセルは小型宇宙船で地球へ向けて射出された。そして、しばらくアイは彷徨ったらしい。王族の城はギルディアの民たちに破壊され、そこにいた人々も無残に殺されてしまったのだが、アイは運良く生き延びることができたとのことだった。


 そして、アイはいつしかクーデター側のギルティアの民に紛れ込んだ。さらに、努力して地球へ来る追っ手のパートナーとして抜擢されたとのことだった。抜擢されたのは、見た目が、地球人にそっくりであることも大きな理由だったらしい。


「でも、地球の様子を知っていたのは王族だけだったんじゃ無いの?」

「クーデターの際に、様々な情報をギルティアも知ったってことなの。ワームホールを使った地球までのワープロードの地図も、その時に入手されたのだけど、解析にはかなりの時間がかかったの。ちなみに、ワームホールはせいぜい一人乗りの宇宙船しかくぐることができないから、大勢で一挙に来ることはできないわ」


 だから、アイはあの男のように、緑色の肌じゃないし、目も緑色じゃ無いのか……。でも、それが原因で差別を受けていたなんて……。


 ぼくは首を振って、アイの黒い瞳を見つめた。

「最初から、ぼくを助けるためにギルディアに紛れ込んだってこと?」


「うん」

「よく、ばれなかったね……」


「ええ。そのために本当の記憶を封印する深層催眠を受けて、王族絶滅後は彷徨ったから。王子に出会ったときに本当の記憶が蘇るようにね」

「自分でやったの?」


「女王に頼まれて、その施術を施されることを私が了承したの。おかげでギルディアにはばれずに、ここまで来た。あなたにあのタイミングで出会ったのは奇跡としか言いようがないけど」


「そうだったのか……」

「ええ。でも、あなたに触れて、すぐに王族の血を引いてるって分かったわ。だから、あなたとの繋がりをなくしてはいけないって必死で、まだ地球の言語も分からなかったから、宇宙船のAIと繋がって、無理矢理話したって感じだったの」


「だから、最初に会ったときに瞳が激しく動いたり、いろんな外国の言葉で挨拶したんだね」

 ぼくは息を吐いた。


「ええ。最初はぎこちなかったでしょ。でも、アノンダーケの技術で日本語を頭にインストールして……後は慣れってやつよね。でも、ごまかす理由を考えるのが大変だったわ。いろんな外国で住んでたことにしたりして」


「じゃあ、あの制服とか学校の入学の手続きとかは?」

「そこはね。宇宙船のAIに書類を作ってもらったりして……不正入学ってやつ」

 アイがいたずらっ子のような表情で言った。


「さっきも言ったようにワームホールは、一人乗りの宇宙船しか潜り抜けられない。だから、あの男と私の宇宙船が着いた時間にもタイムラグがあって、私の宇宙船が先に着いた。これも幸運だったことの一つね」


「えっと……この家が宇宙船なんだよね? 一人乗りには思えないけど……」

「これは住居モードだからね、宇宙船のモードも大気圏内用と、宇宙用では大きさが可変するのよ」


「なんか、凄い科学力なんだね……あ、そう言えば、確か、軽トラの中でじいちゃんとも話していたような気がするけど、他にも追っ手はいるんだよね?」


「ええ。遅れて地球に到着するはずよ。最終的に何人来るのか、はっきりとは分からないけど、私と一緒に追っ手のグループに入っていたのはあと一組」


「じゃあ、ぼくが死なないためには、とりあえず、そいつらは絶対にやっつける必要があるってことか?」

「そういうことね」


「大体事情は分かったよ」

「うん、嫌じゃない? 私のこと……」


「ぼくのことを命がけで守ってくれたんだ。そんな訳ない……でも、話を変えていいかな?」

「うん。いいよ」


「ぼくを助けたのって、女王によくしてもらったことへの恩返しというか、義務感みたいなことなのかな……?」


「え。どういうこと?」

「最初に、アイさんを助けたときから運命のようなものを感じてるんだ。今、話を聞いていて、その思いはますます強くなった。それに、子どもみたいだけど、花壇で一緒にした水やりとか、お化け屋敷で一緒に過ごしたこととか、ぼくにとっては大切な思い出なんだ……」


「うん……」

 アイの頬に、一筋の涙が流れ落ちた。

「ちょ、ちょっと……だいじょぶ?」

 ぼくは慌てて駆け寄った。


「あなたのこと、大切って言ったでしょ……?」

「うん」


「信じてもらえないかもしれないけど、あれは嘘じゃ無い。あなたに偶然に出会って、あなたから水をもらって命が助かったとき、私は運命を感じたの。地球のこの地域にあなたの種子が入ったポッドが着いていたことは分かっていたけど、その推定範囲はかなり広かった。つまり、偶然に出会える確率は天文学的に低かったのよ……」

 アイが胸に手を当て、首を振った。


「最初に出会ったその日、本当に凄い衝撃を受けたわ。まさに、雷に打たれたようなショックと言ってもいいくらい……あの日からずっと、一日、一日が私にとってもかけがえのない思い出なの。本当よ」


 アイがぼくに抱きついた。

 ぼくは、アイの体をおずおずと抱きしめた。アイの体はたおやかで柔らかかった。


「ね。お願いがある」

 アイがぼくを見上げた。


「なに?」

 ぼくが訊くと、


「アイさんて、さん付けで呼ぶのは止めて」

 アイは眉根に皺を寄せて言った。


「うん。分かった……アイ……」


 さんをつけない。それだけのことが勇気がいる。

 でも、嬉しそうなアイの顔を見ると、また勇気が湧いてきた。


 アイと目が合った。

 大きくて吸い込まれそうな瞳――


 どちらからともなく自然に顔を寄せる。

 アイの体温と柔らかさを、ぼくは唇で感じた。

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