第11話 秘密(1)

 ぼくは大きく温かいものにくるまれ、微睡まどろんでいた。心臓がゆっくりと脈打っている。体にはまるで力が入らず、指一本動かすことができない。


 ここはじいちゃんの軽トラの助手席か――うとうとと微睡みながら考える。

 何なのかは分からないが、優しくて温かいものがぼくを包み込み、助手席に一緒に座っている感じがした。


 悪路の中を、軽トラがゴトゴトと音を立て、跳ねながら進んでいる。

 ずっと昔に、じいちゃんと二人で渓流釣りに行ったときも、こんな感じだったな。ぼうっと、そんなことを考える。


「達也の体に、あなたたちの星から飛んできた種が入り込んだ……か。すぐには信じられないが、目の前で起こったことは確かに事実だな」

「ええ」

 じいちゃんとアイが話している声が聞こえる。


「今から少し前に、彼に対する違和感というか気持ち悪さみたいなものを感じたことがありませんか?」


「ああ。あった。高校に入学してしばらく経った頃だったかな。うまく説明できないが、空気感や雰囲気と言えばいいのか、いわゆる反抗期みたいなものとは違う変化だ。今、あなたの説明を聞いて腑に落ちたが、生物的な変化だったのだな。あのときは、学校でいじめられるんじゃ無いかと、随分心配したが……」


「実際、彼は学校でずっと無視されていました。不自然なほどに。たぶん彼はそれが思春期、特有のいじめのようなものであったと認識していたのでしょうが。あなたたちは血の繋がった親族なので、影響は最小限だったんでしょう」


「そうか……」じいちゃんが噛みしめるように返事をした。


「達也を自分の細胞で覆ってまで助けてくれたあなたのことを信じて、あなたの家……に、このまま連れて行くが……」

「ええ」


「達也を頼む。俺たちの大切な孫なんだ。死なないように導けるか?」

「もちろん、努力します」


「分かった。選択肢はこれしか無さそうだ。追っ手は他にもいるんだな?」

「はい。私たちの後に出発しているはずです。どれくらい追いかけてきているかは不明ですが」


「そうか……。それじゃ送っていった後に、俺は一旦家に帰って、ばあさんに事情を説明する」


「お願いします。追っ手にお二人のことはばれていないはず。なので、家で待っていていただくのがベストな選択です。実際、私の元マスターも、詳しいことは何も分かっていませんでしたから。タツヤが元気になったら連れて行きます……」


 意識がったのは、そこまでだった。軽トラの揺れがぼくを優しく包み込んでいく。ぼくは深い安寧の眠りの中へと、再び落ちていった。


      *


 目を覚まして最初に見たのは、窓から差し込む柔らかな太陽の光だった。

 口には緑色のマスクが取り付けられ、そこから伸びた透明な管が壁の方へと繋がっている。


 ぼうっとした頭の中に、じいちゃんの軽トラの中で聞いた会話が蘇った。そうだ。ぼくは確か……死にかけて、アイに助けられたんだ。アイとじいちゃんが、種が何とか……って言っていたような。


 はっきりとしない頭で、ぼうっとそんなことを考えていると、ふと温かい体温とすべすべとした滑らかな肌触りを右腕と右足に感じた。


「え!」

 ぼくは管の付いたマスクをしたまま、声を上げた。

 アイが裸で横にいたのだ。優しい眼差しと目が合う。


「あ。目が覚めたの?」

「う、うん……」

 体にかけられたシーツを上げながら頷く。なぜなら、ぼくも裸だったからだ。

 顔が火照り、下半身が困った状態になる。


 アイは滑るようにベッドから下りると、立ち上がった。


 真っ白な肌――そして、美しい胸から絞られたウエスト、お尻から足へと繋がる優雅なラインが太陽の光を背に浮かび上がる。中でも、洋梨のような曲線を描いた胸と曲線の頂上の淡い色は目を引いた。


 見とれていると、アイは側の椅子まで歩き、背にかけてあった大きめのTシャツを被った。


 ぼくは慌てて視線を外すと、ベッドの上に起き上がった。顔に貼り付いているマスクを外す。

 アイは部屋の隅まで行き、籠に入っていたゆったりとしたパジャマとパンツを取ってきて渡してくれた。


 シーツの中で着替えていると、怪我した右脇腹に気づいた。少しだけ引きつれるような感じがあったが、そこにはゲル状の緑色の膜が貼り付いていた。ぼくはあのときアイが助けてくれたのを思い出していた。


 傷は完全には治っていなかったが、血は止まっているようだった。

 ぼくはゆっくりとベッドを下りて、部屋の中を歩いた。痛みはほとんど無かった。


 こじんまりとした部屋は、外国のログハウスのように丸太を組み合わせたような作りで、部屋全体に木の香りが漂っていた。ただ、普通の家と違って、部屋の壁にはびっしりと緑色の蔦や葉が茂っている。


 壁にはめ込まれた大きな窓からは、青い空が見えた。

 一体、ここはどこなんだろう。

 ぼくは窓に近づくと外を見て、青い空だけが見えていたことがなぜなのかを理解した。森の木々を見下ろすような場所にこの家はあったのだった。


「ここは、アイさんの家なの?」

「うん。私の宇宙船が家に変化したもの……。この地域で一番大きな樹の枝の上にあるわ」


 アイの言葉が正しければ、この家の設置されている樹はとんでもない巨樹なのだろう。だが、それよりも気になることがあった。


「宇宙船って……だって、普通の木造の家にしか見えないよ」

「そういうふうに変形させたからね……」


「変形……本当に?」

「ええ」

 アイが目を見て頷く。


「宇宙船ってことは。アイさんは……宇宙人なの?」

「うん。そう」

 前にそう思ったこともあったが、荒唐無稽な想像だと頭から否定していた考えだった。脳裏に、アイの右腕が触手に変わった映像が蘇る。


「ここには、じいちゃんの軽トラで?」

 ぼくは、息の詰まるような緊張感に戸惑いながら、話題を変えた。


「ええ。送ってもらったわ。車の中で意識はあったの?」

「うん……。二人が話しているのを少しだけ聞いたけど、すぐに眠ってしまったみたいで」


「そう。じゃあ、おじいさんが、とりあえず家に帰ったこととかは分かってる?」

「うん。そこは聞いた」


「そっか。じゃあ、その前に話していたことも?」

「うん。全部じゃないと思うけど……」

 ぼくが頷くと、アイは覚悟を決めたような表情になった。

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