第10話 急襲(2)

 ぼくらは必死で走った。

「じいちゃん。なんであんなに強いの!?」


「馬鹿……これでも、昔は不良の頭だったんだ! スカル・バンディッドって聞いたことないか!?」

「ええ!! そうなのっ!? スカル……何とかって、暴走族?」


「まあ、そんな感じだ! 孫のピンチなんだ。揉めごとなんてなんて、いくらでも来いってもんよ! でも、こうやって走ってる方が辛いな」

 じいちゃんが息を荒げたまま言った。余裕は無いはずなのに笑っている。


「しかし、ありゃなんだ!? 何だか、おかしな奴だぞ」

 じいちゃんは男の方を見ながら言った。つられるようにぼくも後ろを振り返る。

 走って追いかけてくる男は必死な形相だった。底光りした緑色の眼が気持ち悪い。


「分かんないんだ。突然、襲われてさ……」

「変質者か……? だけど、あの眼は人間じゃ無いみたいだぞ!?」


 じいちゃんがそう言って、男の方をもう一度見た。じいちゃんの顔が、驚いたような表情になる。  

「達也。ヤバいぞ! もっと走れ!」


 男が走りながら、銃を構えていた。

 今にも撃たれるんじゃ無いか。そう心配し、転げるように走った。


 すると、ボコ、ボコッという音とともに、すぐ横の植栽の根元がめくれ上がり、何かが生え出てきた。


 何だ!? これもつたのお化けみたいだ!! 男が出しているのか?

 そう思って、男を見るが、男も驚いた顔をしている。


 そのうねうねと動く太い緑色の触手のようなものは、 男の指から伸びているものとは違って、かなりの太さを持っている。

 触手は、ぼくとじいちゃんの足首に絡まり、その場に引き倒した。


 その瞬間、銃から甲高い音がして、強烈な光が放たれた。熱風で髪の毛が巻き上がり、地面に大きな穴が穿たれる。


 ぞっとするような高熱の光の束が、それまでぼくたちが立っていたところを通り越して、目の前の地面を直撃したのだった。男の銃から放たれたものだとすぐに理解する。


 ぼくは息を飲んで穴の中を見た。光線の高熱によって穴の中はドロドロに沸騰していた。


 あのまま、走り続けていたら、きっと死んでいたに違いない。あのぼくらを引き倒した触手のおかげで助かったようなものだ。

 体中から汗が吹き出た。


 ついさっきまで、現実感が無かったが、穴の底から伝わってくる高熱が、これが現実だと、嫌でも教えてくれる。


「な、何だ!? レーザービームか? あんなもんが実用化されたなんて話、聞いたこと無いぞ……」

 じいちゃんが呆然とした表情で言った。


 すると、足首に絡まっていた緑色の触手が離れ、男の方に向かった。そして、素早く動いて男に襲いかかる。男も、指から伸ばした五本の触手で応戦していたが、銃を落としてしまい、跳んで触手と距離を取った。


 何が何だか分からないが、ぼくたちは、二人で地面に腰を落としたまま後ずさった。腰が抜けたような感じだった。


 男は周りを見回しながら、

「出てこいっ!」と叫んだ。誰かを探しているかのような表情だ。


 しばらくして、公園に植えられている木々の間から出てきた人影を見て、ぼくは震えた。

 それはアイだった。


「やはり、ここにいたのか! なぜ、邪魔をする? 私がお前の主人なんだぞ。こいつを狩るのがお前の仕事なのに……」


 ぼくは男が言ったことを聞いて混乱した。

 ぼくを狩る? どういうことだ? それに、お前の主人?


 ぼくはアイの顔を見た。

 アイは、男を無言で睨み、男に向かって右手を上げた。

 信じられないことに、その右腕は先ほど見たばかりの緑色の太い触手に変化した。


 男も、右手の全ての指を緑色の細い触手に変えた。

 アイの太い触手と男の細い五本の触手が絡み合う。


 すると、男は何かに気づいた顔をし、すぐさま地面を転がった。

 立ち上がったときには、あの光線銃を手にしていた。


 アイに向かって銃を構える。

 その瞬間、ぼくは男に飛びかかっていた。


 あの光線銃の威力を目の当たりにしながら、なぜ、そんな行動に出たのか。ふだんの自分からは考えられないような無謀な行動だったが、アイを傷つける奴は許せないという一心だった。


 衝撃と熱が、腹を掠め、激痛が走った。

 右脇腹が大きく裂け、焼け焦げていた。


 ボト、ボト、ボト……

 音を立て、大量の血がこぼれ落ち、ぼくは地面に膝をついた。


「達也っ!!」

 じいちゃんが駆け寄ってきて、ぼくの腹の傷を押さえた。

 抱きかかえられながら、ぼくは空中で触手に捕らえられている男を見た。落としてしまったのか、既に銃は手にしていなかった。


「止めろっ!」

 男は焦った顔で、叫んだ。

 アイが下から男を睨んでいる。アイの右手から伸びる緑色の太い触手に絡め取られた男は、空中で締め上げられていた。


 男の右手の指が変化した五本の触手は、くねくねと動いて、アイの触手を振りほどこうとしていたが、その表面を掻くだけで無力だった。


 ギチ、ギチ、ギチッ

 と、肉と骨が締め上げられる音が響く。


「ぐううっ……やめるんだ……」

 男の顔の色がどす黒く変色していく。

 

「ここまでね。さようなら」

 アイがそう言った途端、

「ぎやあああああっ!!」

 男の叫び声とともに、四肢が引きちぎれ、地面に落ちた。


 不思議なことに引きちぎれた男の体からは、血ではなく緑色の液体が流れ出た。

 そして植物が枯れていくかのように、茶色に枯れ萎んでいった。


 アイはカード型のガジェットに戻った銃を拾うと、ぼくの側に来た。

 そして、大きく避けた脇腹に右手を当てた。すると、手の表面が緑色のアメーバのように薄く溶け、ぼくの腹の傷を覆った。


 その途端、脇腹から痛みが消えた。あんなに激しい痛みに襲われていたのが、嘘のようだった。


「な、なんと……血が止まりおった」

 じいちゃんが驚きの声を上げた。

「大丈夫。必ず治る」

 アイが言った。


 目の前が暗くなる。

 ぼくは死ぬのか……?


 大丈夫よ。心配しないで。

 懐かしい声がした。


 ぼくは夢を見た。

 緑に包まれた大地で、見たことがあるような女性のお腹から、小さな双葉の植物が芽吹き、大きな樹へと成長していく。


 その女性は樹の養分となり、樹そのものへと変化していく。そして、大きな花がその樹に咲き、やがて花が枯れると多くの種がこぼれ落ちる。


 微かで、懐かしいイメージ――

 これは、ぼく自身の記憶なのか?

 消えゆく意識の中で、ぼくは呟いた。

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