第9話 急襲(1)

「おはようーっす」

「おはよう!」

 自分の席に行くまでに挨拶を交わしていく。


 文化祭が終わり、変わったことがあった。

 それがクラスメートたちと会話をするようになったことだった。それは無視が始まった六月以来のことで、学校での疎外感もほとんど感じることが無くなっていた。


 机に座ると、

「達也。今日、宿題忘れてきたわ。ノート見せてよ」

 隣の席の山中が声かけてきて、

「ほい」と、渡す。

 まあ、こんな感じで気楽に話のできるクラスメートもできたのだ。他にも何人か、お化け屋敷のお化け役をやった縁で、話ができる人たちができていた。


 友人と言えるほど親しいかと言えば、正直分からないのだが、今までと比べれば大きな進歩だった。


 アイとも、肩の力を抜いて話をできるようになっていた。もう、周りの人間もそれが特別なことであるかのような目では見ない。


 話すことは、大体は花壇の水やりのこととか、昨日見たテレビのこととか、好きな食べ物のこととか、たあいのないことが大半だったが、気負わず楽しく話をすることができていた。


 もちろん、ぼくの中では、アイと過ごしたあのお化け屋敷でのひとときは大切な思い出だった。一回もアイにそのことを面と向かって言う勇気は出なかったけど―― 


 こんなに楽しい時間を過ごすのは、この学校に入って以来、初めてだった。

 だが、ある日、この平和な日常がもろくも崩れ去る出来事が起こった。


      *


 ある日の早朝――今日は花壇の水やりをする予定の日だった。


 バスを降りて、いつものように公園を横切っていると、

「君、ちょっといいかな……」

 ぼくは、背の高い痩せぎすな男に呼び止められた。


 男は年齢は四十歳くらいだろうか。この辺りでは見たことが無い、体にぴったりと貼り付いた奇異な服を着ていた。


 一瞬、強い風が吹いて、ぼくと男の間に落ち葉を巻き上げた。

 ぼくは目を細めながら、男の姿を観察した。


 男が着ている服は、レオタードやジャンプスーツのような服とでも形容すればいいような奇妙なデザインのものだった。襟は無く、首の部分まで覆われている。銀色の体に密着したその素材は、これまで見たことが無いもののように思えた。


 身長は百七十センチあるかないかの自分より、かなり大きく、百八十センチくらいはあるように思える。頭は白髪だったが、所々、緑色の髪の毛が混じっている。そして、大きな銀縁の眼鏡をかけていた。レンズは薄い灰色で、レンズの表面を時折、デジタル的な文字の羅列が走るのが奇妙な感じだった。


 何より普通の人間と異なるのは、肌が薄い緑色だったことだ。その肌は、人間離れした異質な生き物の感触を、ぼくに連想させた。


「な、なんですか……?」

 ぼくは警戒しながら訊ねた。


「君はいつもここを通るのかい?」

「あ。はい」


「それじゃ、こんな女の子を見たことはないかい?」

 男はそう言って、カード型のスマホのようなガジェットを見せた。厚みが数ミリしか無いそれの表面には、アイの顔が写っていた。


 だが、それはぼくの知っているアイよりも、無表情で冷たい感じだった。

「い、いえ。知りません」

 ぼくは反射的にそう言って首を振ると、男から目を逸らした。


「本当かい? なにか隠していないかい?」

 男はそう言うと、ぼくの右腕を握った。


「おや? これは……まさか」

 男はそう言うと、手に持ったカードのようなガジェットを操作した。緑色の細いパイプ状のものが伸びて、腕に触れたかと思うとチクリと何かが刺さったような痛みが走った。


 ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ……

 カード状のガジェットから甲高い音が聞こえてくる。そして、表面に光る見たことの無い文字が、次から次へ現れては消えた。


「△※! ×L▽×※□V……!!」

 男は興奮しながら、これまで聞いたことのない言語を口走った。


 続けて頭を抱え、笑い始めた。そして、

「ははははは。まさか、こんなところにいたなんてな。探す手間が省けたよ……」

 と、我に返ったかのように日本語で続けた。


 男は笑みを浮かべたまま、カード型のガジェットをぼくの頭に向けた。それは、粘土のように形を変えながら銃のような形へと変形した。


 な、なんだ!?

 ぼくは突然のことに戸惑い、どう対応していいか分からず固まっていた。


 すると、

「会ったばかりで何だが、お別れだ王子よ」

 男はそう言って、右手に持ったそれの銃口をぼくの頭に押しつけた。


 その時、

「こらあっ! お前、何をするんだ!!」

 怒声が響いたかと思うと、突然、男が目の前で吹っ飛ぶように倒れた。


 カラカラと音を立て、銃が転がっていく。

「じ、じいちゃん。なんでここに!?」

 ぼくは、目の前で男にタックルをした人を見て叫んでいた。


「いや。お前、弁当忘れただろ? 軽トラで追いかけてきたら偶然見かけたんでな」

 男の上に馬乗りになったじいちゃんが言った。


「あ。確かに、居間に忘れたような」

 場違いにそんなことを呟いた途端、男がじいちゃんを跳ね飛ばした。

 じいちゃんが転がって立ち上がる。


 男が銃を拾おうとしたが、じいちゃんはいち早くそれを蹴り飛ばし、男と対峙した。

「邪魔をするな……」


 男はそう言うと、右手を伸ばした。

 不思議なことに右手の五本の指が伸びた。それは緑色のつた状の触手に変化し、くねくねと動きながら襲いかかってきた。


 じいちゃんは臆さずに男に向かって前のめりに飛び込み、触手の攻撃を避けた。柔道の前受け身のような形だ。立ち上がるとすぐに、男の鳩尾みぞおちに向かって肘を打ち込んだ。


「ぐえっ」

 男が呻き腹を押さえた。

 続けて、顎に向かって右フックを撃ち込む。


 男のサングラスが吹き飛び、隠れていた目が見えた。

 その眼は瞳が濃い緑色で、その周りの白目部分は薄い緑色だった。


「化け物だ……」

 ぼくは呟いた。


 男の右手の触手が銃へと伸びるのが見えた。

「じいちゃん。逃げよう!!」

 ぼくは、じいちゃんの手を取ると、走り出した。

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