第8話 反省会

「そろそろ終わりだよ。お疲れさま!!」

 四時三十分になった頃、委員長の中田が、お化け役のみんなに声をかけていった。


「わたし出とくね」

 アイはちいさな声でそう言って、中田が来る前に出て行った。


「藍沢くん。ホント、お疲れさま。他のクラスや文化部の出し物とか見に行けなかったね。でも、助かったよ」

「いや。自分から希望したから、大丈夫だよ」

 ぼくは労をねぎらってくれる中田に笑って言った。


 ぼくは自分の受け持ちの場所から外に出ると、ゾンビのメイクを落とし、衣装を制服に着替えた。


 着替え終わる頃には、クラスのみんなが集まってきた。

 ガムテープやビニール紐で固定されたセットを分解し、窓を覆っていた暗幕をたたむ。ビニール袋にゴミを分別し、段ボールは縛っていく。


 アイは女子のグループの中に混じって、黙々と箒で掃除をしていた。


 片付けと掃除が終わると、校内放送でもの悲しい音楽が流れる中、最後に委員長の中田が挨拶をした。


「皆さん、お疲れさまでした。家のクラスのみんなが力を合わせて何かを成し遂げたのは初めてな気がします。お化け屋敷、大成功だったんじゃ無いでしょうか……」


「だよな!」

「いいぞ、委員長!」

 クラスの全員が、口々にはやし立て、拍手や口笛で返した。


「クラスの結束が高まるいい機会だったと思います。本当に皆さんお疲れさまでした! それじゃ、最後に一本締めで、締めます。いよおっ!」

 パン。

 手拍子が一回鳴り響いた。

 その後に担任の田原先生が来て、集合写真を撮った。ぼくはアイと離れた場所にひっそりと並んだ。


「さあ、帰るべ。みんなで、どっか寄る?」

 離れたところで、黒田浩一の声が聞こえた。


 ぼくは一抹の寂しさを感じながら、学校の出口を目指して一人で歩いて行った。それは、打ち上げに誘われない寂しさでは無く、文化祭が終わることへのもの悲しさと言った方が近かったかもしれなかった。


      *


「ね。タツヤ。一緒に帰ろ」

 学校を出て、川沿いの道を歩いている途中、後からアイに声をかけられた。


 突然のことに驚いたぼくは、思わず誰かに聞かれていないか、辺りを見回してしまう。

「もう」

 誰もいないことを確認し、ほっとするぼくを見て、アイは不満げに頬を膨らました。ぼくの肩を思い切りはたく。


「いて」

 ぼくは頭を掻くと笑った。

 アイも笑う。そして、隣に並ぶ。


「えっと……」

「ん。何?」


「何でも無い」

 ぼくはやっとそう言って、アイと並んで歩いた。

 くっつくくらいに近くに来るものだから、心臓の音が聞こえるんじゃないかと思うほどにドキドキする。


「ね。どっか行こ。で、反省会しよ」

「え。反省会?」


「うん。そう」

「クラスのみんなに誘われなかったの?」


「うーん。正直言うと誘われた」

 アイがにっと笑う。


「行かなくてよかったの?」

「いいの、いいの。私はタツヤと反省会したいんだから」

 アイはそう言うと、またぼくの肩をはたいた。だけど、二回目は優しかった。


 ぼくらは駅前のロータリーから少し離れたところにある大手チェーンのハンバーガーショップに立ち寄った。注文したコーヒーとフライドポテトを受け取って席に座る。


「タツヤ。結構ノリノリだったよね。ゾンビ役」

「うん。みんな怖がってくれるから楽しくなってきて」


「うん。なんかそんな感じだったね」

「あ。でもあのおにぎりと菓子パン。すごい嬉しかったんだけど、アイさんだって気づかなくてさ。後でびっくりした」


「そう? そこは気づいてよ」

「え。と。なんか、ごめん……」


「謝んなくていい。喜んでくれたらうれしいよ」

 アイが微笑むのを見て嬉しくなる。


「正直さ。最近ずっと学校に行くの辛かったんだ。気づいているか分かんないけど、無視されたりして」

「うん。分かってる」

 ぼくは、ドキドキしながら言葉を続けた。


「でも、何か今回の文化祭は楽しかったよ。みんなで準備したり、記念写真をとったりって言うのも初めてだったし」

「よかったね」


「うん。みんなとも少し話ができるようになってさ……あの」

「うん?」


「いや。何でも無い」

「なによー」


「いや。色々、ホントありがとう」

 ぼくは本当に言いたかった言葉を飲み込んで、お礼を言った。今はこれが精一杯だ。


「ほら、ポテトがついてる」

 アイが不意にそう言って、ぼくの唇の端に触れた。

 心臓がきゅっとなって、どぎまぎする。


「ほら、取れた」

 そう言って笑うアイの大きな瞳に目が釘付けになる。

 すると、アイもぼくの目を見つめてきた。


「タツヤ。あなたには、あなたも気づいていない力があるの。本当よ。自信を持ってね……」

 アイが目を逸らさずに言った。


「え。どういうこと?」

 その真剣な表情に、ぼくは思わず訊き返した。


「うーん。私には分かるの。タツヤの中でそれは目覚めつつある。なーんてね!」

 アイは笑いながら言った。


「目覚めつつ……」

 ぼくは何となくアイの言葉を繰り返した。何のことだか分からなかったが、たぶん、ぼくを元気づけたんだろうなと思う。


 とりあえず、せっかくだし、別の話題をと思い、ぼくは

「そう言えばさ、アイさんはどんなテレビ見るの?」

 と、話題を変えた。


 好きなコンビニのパンは何だとか、ゾンビの映画は見たことがあるかだとか、好きなタレントはいるかだとか、そういうたあいのない話を続け、二人で盛り上がる。


 平穏で心が温まるひとときだった。これまでの学校生活でこんなことは一度も無かった。


 ぼくらは、それから一時間ほど話をした。


 そして、

「もう、バスがなくなっちゃうよ」

 アイの言葉で我に返った――

 名残惜しかったが仕方が無い。


 ぼくは大きく息を吐き、アイと一緒にレジへ向かったのだった。

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