るりこパラレル 2/5
家族の名を呼んだ瞬間。
学校の門を潜った瞬間。
友達ができた瞬間。
誰かを好きになる瞬間。
まさに千差万別。
誰にでも平等にそれは訪れる。
もちろん経験したくない初めても。
そしてこの日――正確には生まれてから十七年と二ヶ月と三日目の夕方。
僕――
「へぇ、怖がらないんだな。俺がちょっとでもコイツを動かせば死ぬかもしれないってのに」
そう言って彼女――
誰もいない放課後の教室。
窓から差し込む強い
教室には僕たち二人しかいなかった。
夕焼けの差し込む教室に二人きり。
そう聞くと甘酸っぱい青春の一ページだと思うかもしれないがそんなことはない。
首元のカッターという不穏な小道具ひとつでそれはすでに証明されている。
では何故僕はこんな状況になったのか。
自問自答しつつ過去を回想する。
放課後。
僕は高鷲瑠璃子に呼び出された。
いつもなら一緒に帰るところを委員会の仕事があるから先に帰っておいてと言われて十分もしない出来事だ。
私たちのクラスまで来てほしい。
その短いメッセージで僕は帰路を反転して再び学校の門を跨ぎ、教室までやってくる。
しかし誰もいなかった。
クラスメイトも高鷲瑠璃子の姿もない。
委員の仕事が長引いて遅れているのかもしれない。
そう考えて僕は自分の席――窓際の後ろから二番目の席へ向かう。
そして椅子の背もたれに手をかけ座ろうとした時、彼女がやってきた。
そして現在に至る。回想終了。
「どうした? 怖くて声を出すのを忘れたか?」
「いいや、声は出せるし怖いよ。ただ今は驚きと疑問が勝ってるだけ」
変わらずそこにいる高鷲瑠璃子の問いに対して僕は答えた。
顔を合わせた直後、一気に距離を詰められて体勢を崩し、ダランとした姿で椅子に座って立っている彼女を見上げている。
カッターを突きつけられているので座り直すこともできない。
「驚きと疑問か。自分の彼女に呼び出されて刃物を突きつけられるようなことをした心当たりははないのか?
ホントの、本当に?」
念押しするように問われて僕は言葉に詰まる。
人間、余程の確信でもない限り問いかけを反復されれば少しは揺らぐ。
しかも心当たりがないわけではなかった。
自慢ではないが、付き合って三ヶ月ほどでも僕と彼女が一緒に過ごす時間は多かった。
毎日家まで一緒に帰っていたし、休み時間などちょっとした時間も暇があれば話をしたりした。
そんな感じで接触の機会が増えれば衝突の機会が増えるのも必然で、ちょっとした口喧嘩や小競り合いもなくはなかった。
かといって殺されるほどの大罪を犯したつもりはないのだが……。
などと気を取られていると心当たりがあると思ったのか、彼女は愉快そうに口の端をさらに吊り上げた。
「その反応だと色々と余罪はあるみたいだな。
だが残念ながら間違いだ。
お前が過去の行いで俺を怒らせてるっていう見立ては見当違いの筋違いだ」
「……だろうな。そもそも今の君はいつもと全然違う」
表情を変えず、だが確かにピクリと高鷲瑠璃子の動きが止まる。
「へぇ、じゃあどこが違うんだ?」
「全部だよ。僕の知ってる瑠璃子は自分のことを私というし、出会い頭にカッターを突きつけるような奴じゃない」
最後のは希望的観測に近かったが、それくらいはわかる。
仕草も、喋り方も、一人称も。
すべてが僕の知っている高鷲瑠璃子と違う。
まるで誰かが高鷲瑠璃子の皮を被っているような。
そんな確信が持てるほどに親密になった自信はあった。
「何から何まで違う。僕の知ってる瑠璃子とは別人だ。
お前は、いったい誰だ?」
嫌悪感にも似た確信を持って僕はさらに告げる。
こんなことは自分の彼女にいうセリフではない。
万が一、言おうものなら二人の関係に永遠に埋まることのない溝を刻み込むだろう。
だが高鷲瑠璃子は違った。
泣いたり怒ったりすることもなく、ただ興味深いとばかりに考え込んだ。
まるで正解に近い不正解を丸にするか吟味する先生のように。
「別人……別人ね。なるほど。正確性はやや欠くがほぼ当たりだな」
そう答えた彼女に僕は息を飲む。
彼女の顔には笑みが浮かんでいた。
「確かに俺はお前の知ってる高鷲瑠璃子じゃない。
こことは別の世界からやってきた。もう一人の高鷲瑠璃子だ」
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