第2話
「最後のクライアントへの挨拶へ行ったんだ。納品をして、サーバー稼働して、仕事完了だったんで。三日前、阪神が優勝して、セールで忙しいからって、まったくとんだトラブルだよ」
え?と私は聞き間違いをしたか?と考えた。
「お客様?何をおっしゃってます?阪神優勝があったのは、五日前ですよ」
「違う。阪神優勝は九月十四日だろ。阪神優勝が五日日前?だったら、俺はいつ、今、何をしてるって言うんだ」
「今日は九月十七日ですよ」
私は何度も、カレンダーを確認した。
「何だ、二日間、ずれてるってわけか?」
「ええ、そのようですね」
言ったけど、何、この電話?嘘でしょと思ってた。
(一部の地域だけ時間がずれているのだろうか。それともこの電話だけ?)
私は汗を感じながら、周りを見回した。おかしくない。いつもの日常だ。
(おそらくこの電話だけずれている)
でないと、もし、この男性の地域ごとずれていたら、もっとニュースになったり、SNSが騒いだり、大事になってるはず。
「君は何者?本当に、コールセンターなのか?」
「ええ、それは本当ですよ」
男が嘘を言っている?いや、この緊迫感はただ事じゃない。
「つまり、あなたがいるのは二日前の世界。こちらは未来です」
私は小声で、電話の主に言った。他に声が漏れないように。
「何だって?こちらが二日、遅れているのか」
「ええ、そのようです」
「俺に嘘を言ったって駄目だぞ。持てるものは少ないんだからな」
「私だって、あなたを騙して得にはなりません」
「君の側が未来?本当なのか?」
「はい、そうです」
電話の声の主も、私の声も何か現実感がない。奇妙な響きで広がる。
(二日前って・・・)
その時、私は思い出した。
(そう言えば、二日前、米子道で大きなトンネル事故がなかったっけ?)
「いますぐ、高速道路を下りてください」
「何だって?」
トンネルの中で火災が発生し、60時間にも及ぶ火災が続き、中の車も人も全部が完全に燃焼した事故。
そのあまりの無残な光景に、ニュースなどでマスゴミが大々的に報道した。
(確か、火災事故の中心となったのは、乗用車に乗ったまだ二十代の男性で・・・)
後藤田俊憲さんが乗っていた車が炎上して周囲の車を燃やし・・・
ネットニュースで確かそんなふうに書かれていたような気がする。
(どうしよう?教えた方がいい?)
未来のことを教えたら、未来が変わってしまう。でも、大勢死ぬ。それに、この人、悪そうな人じゃないもの。
「いいですか、落ち着いて聞いてください。あなたはそのままトンネルに入ったら、あとあと追いかけて来た半グレの一味と接触して、トンネル火災事故に巻き込まれます。ですので、すぐその道路を出てください」
「ええ。なんだよ、本当かよ。もう、トンネルは目の前だぞ。高速道路で、どうやってすぐ道を降りるってんだ?」
「トンネルはあちこちあるので、そのどれかです。高速道路には多く出口があります。早く、トンネルを通らないで。高速道路を下りてください」
「無茶だよ。高速道路を走ってるのに、トンネル通るなとか、下りろとか。後ろにはも奴らがいるんだ」
「そんなことを言って、死んでもいいんですか?」
男は数秒考えている様子だった。それはこのような状況に置かれたら分かる。まさか、現実とは思えないもの。
「分かった。一か八か、奴らをまいて、高速道路を出てみるよ」
深い逡巡のあとの声で男はそう言って、電話が切れた。
思わず、あっと待ってと言いかけ、くらっとめまいがして倒れかけた。
わずかの間、いったい何が起こったのか。
私は放心して、電話機を見つめた。
どうしよう?どうなっただろう?うまく逃げられただろうか?
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