コールセンター通信

ryoumi

第1話

「はい、こちら高速道路お客様コールセンターです。はい。え。道に迷った?今、どちらですか?何か分かる標識などがありますか?」

「そうですね、豊田東ジャンクションを伊勢湾岸道へと曲がってください」

「それでしたら、居椋池インターチェンジで降りてください。ええ、そこが出口ですね。はい。それで、国道1号線へ出たら、目的地ですので」

 ここは、高速道路の道案内をするコールセンターだ。

 高速道路という大勢が利用する設備というのもあって、あちこちから色々な電話がかかってくる。

 しかし、ここはだいたい、派遣社員で賄われている。安い労働力と、離職者が多いゆえに、大手の企業ですら派遣頼みだ。

 そういう私も派遣社員だ。昨今の不景気の波に飲まれて、勤めていた百貨店が倒産。一時しのぎに、大手派遣会社なら安心かと思って、この会社の仕事に応募した。

 しかし、やってみると、煩雑、キツイ、電話相手が切れやすい。上役も切れやすい。離職者がたくさん出る。おまけに、座りっぱなし、耳も痛い。肩も凝る。良いことがない。

(私もそろそろ、就職考えないといけないなあ。いつまでもこんな仕事し続けられないもの)

 そんな時だ。電話が鳴った。

「はい、こちら高速道路お客様コールセンターです。」

「助けてくれ。今俺は、逃げているんだ。大勢に追われて、高速道路に乗ったんだが、どこか分からなくて」

「えっと、道に迷ったのですか?でしたら、道案内ご希望ですか?目的地を言ってください」

 高速道路のコールセンターなので、道案内が中心。

 中には暇つぶしの電話とか、文句を言いたいだけの奴とか、長々と言いたい放題言って、勝手に切る。そんな人らはだいたい、いたずら目的だ。

 だから、私も事務的口調でどんどんやっていくだけ。お客様対応センターだから、言い返すのも駄目だし、怒って文句を言うことも出来ない。

「分からない奴だな、俺は暴走族に追われてるんだ。もしくは、何か分からない、危ない連中から。おそらくテスラに乗っているからだ。市営駐車場で盗難しかけたが、奴ら、俺に見つかっていったん逃げたんだ。だが、逆上して追いかけて来たんだ」

 ねえ、テスラって何?

 私は小声で、近くの席にいた同年代の亜梨花に話しかけた。

 ”テスラ。一千万を超える高級外国車。今はやりの電気自動車。”

 ありがとう。再び小声で伝えた。同僚が車好きで助かった。

「ええと、今どこにいるか、分かりますか?」

「左手に大山がある、さっきまで蒜山高原にもいた」

「では米子道ですね。岡山まで続きます。高速道はいつでも出口が出て来ますので、いつでも下りれますよ」

「下りている場合じゃない。止まったら追いつかれてしまう。奴らから逃げ切れる道を教えてくれ」

「そうは言われても、米子道はまっすぐ続いていますので。そのまま乗っていたら、中国道へ続きます」

「何てことだ。俺は商用で鳥取に来ただけだったのに。仕事でこちらに来て、せっかくだから出雲大社を見ていこうかと思って観光して。この年になっても、独身で母にも結婚を言われているから、結婚相手が見つかるようにとお参りして来たんだよ、バカだろ。男のくせに」

「い、いえ。そのような」

「俺は後藤田俊憲、二十八歳、横浜大学卒、情報学部、データサーバーの会社キバリエの社長をやってる。昨今流行のベンチャー企業」

「私は松本夏乃。二十五歳。派遣社員でコールセンターで働いています」

 私もこの場にいたら言わねばならないかなと思って、言ってしまった。

「昨日はクライアントとの打合せに、城崎温泉あたりまで行ったんだ。明日は、俺は東京に帰らねば。他のクライアントの打ち合わせがある。しかし、本社は静岡にある。俺は浜松生まれなんだ」

 焦ってしゃべり続けているけど、なんだか悪い人そうじゃない。誠実そう。 

 でも、私は滋賀県生まれで、ここは大津のコールセンターです。までは言えなかった。おしゃべりは禁止されている。

「追いかけられてるんだ、教えてくれ。逃げられるところなら何だっていい」

「米子道はそのままずっとまっすぐつながってますので、東京まで行けますよ」

 コールセンターには、救急依頼、これが間違ってかかってくるのが厄介だ。

 けど、コールセンターとして大々的に広報されているし、パーキングエリアにも堂々と広告が張ってある。事件なら警察、道路問題なら緊急ダイヤルへなど誰もすっ飛ばして、こちらにかかってくる事が多い。

 緊急かな?電話の切り替えをするボタンを押すか。

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