第19話

エリーは、僕に忠誠を誓って以来、学園にいる間もまるで従者のように一緒に行動するようになった。

彼女には彼女の時間や用事があるだろうから、別に一緒にいなくていいよ、と伝えたのだけれど、委員会の仕事や他に用事がない限り、僕と一緒にいることを望んでいた。

けっして、エリーのことを邪険にしたいわけじゃないし、この学園で初めてできた友達だった。

しばらくすると、慣れた。

慣れって怖い。


エリーと一緒に、生徒会室へ向かう。

扉を叩いて、返事を待つ。

すぐに、


「どうぞ」


という、涼やかな声が届いた。

僕は扉を開けて、生徒会室へ足を踏み入れた。

そこには、長机がコの字型に並べられていた。

一番奥に生徒会長が座っている。

僕から見て向かって右横には、副会長が座っている。

左横には、風紀と刺繍された腕章を付けた女生徒が佇んでいる。

おそらく風紀委員なのだろう。

その風紀委員の女子生徒と副会長は、顔立ちがとてもよく似ている。

性別と髪の長さが違うだけで、瓜二つだ。


「失礼します」


僕は中に入ると、そう口にした。


「来たね」


生徒会長が僕を見ながら、満足そうに呟いた。


「えっと、お話というのは?」


「まぁ、掛けてくれ」


僕の質問には答えず、生徒会長は座るよう促してくる。

よくよく見れば、机を挟んで生徒会長たちの前に椅子が二つ用意されていた。

言われた通りにする。

用事とはなんなのだろう?

僕は決闘以外、なにも騒ぎは起こしていないし。

そもそもアレは、エリーがちゃんと学園側に許可をとって行ったことだ。

許可を取らない私闘、喧嘩は懲罰物だ。

けれど、ここがこの魔王学園のおもしろいところで、自分の実力をはかるため、名誉をまもるための決闘は届け出れば許可されるのである。

なにか言われるとすれば、その決闘くらいしか思いつかなかった。

あとは、魔王紋のことがバレていて問いただされるのか。

エリーも一緒だから、ここで暗殺されることはないと思うけど。


「そんな不安そうな顔をするな。

仮にもラングレード家の次期当主であり、魔王に一番近い存在だったエレインを倒したんだ。

もっと堂々としなさい」


「は、はぁ」


そうは言われても、呼び出しの理由がわからなければ不安にもなる。

そんな僕の顔を見ながら、副会長が口を開いた。


「君、委員会に入ってないみたいだけど、理由はあるのかな?」


「……はい?」


え、委員会??

生徒会長が補足してくる。


「一年生は何かしら委員会に所属することになってるんだ」


僕はエリーを見た。


「そうなの?」


エリーが頷く。


「え、知らなかった。

すみません、転入してからバタバタしてて知らなかったんです」


担任もなにも言わなかったし。


「なんだ、そうなのか。

では、部活に入っていないのは?」


「あ、それは放課後、私用が立て込んでて」


バイト、と言っていいのか迷って、私用と言い換えた。


「あの、もしかして部活も強制だったりします?」


そうなってくると、正直にアルバイトのことを話さなければならない。


「一応ね。

というか、勧誘が来てると思ってたんだけど」


生徒会長が苦笑する。

僕は首を振った。


「来てない?」


生徒会長がエリーを見た。


「来る前に、私用で帰宅してましたから」


「なるほど」


納得しちゃうんだ。

まぁ、説明の手間が省けていいかな。


「それでその私用というのは?

塾かい??

差し支えなければ教えてほしいんだけど」


「え、言わなきゃダメですか?」


「委員会活動と部活動ができない正当な理由があるなら、知りたいな」


「えぇ」


「言いたくないのかな?」


僕は生徒会長の顔を見返す。

その両横に侍っている、副会長と風紀委員も見る。

副会長と風紀委員も僕のことを見ていた。

僕が何を言うのか、と興味津々のようにも見える。


「いえ、たぶん珍しがるかな、と思ったんです」


「珍しがる?

私たちが、君を?

まぁ、たしかにエリーを負かすことの出来る存在なんて、そうそういない。

そういう意味では、すでに珍しいとは思ってるが」


正直な人だなぁ。


「あ、その、決闘は関係ないです。

実はですね、バイトがありまして」


バイト、という単語に場の空気が凍った気がした。


「バイト?」


生徒会長が呟く。

続いて、副会長も呟く。


「アルバイト??」


最後に風紀委員も、呟く。


「労働に勤しんでる、と?」


「えぇ、まぁ、はい。

そうです。

学園にはちゃんと申請して、許可も貰ってます」


予想外の答えだったらしく、生徒会長達だけでなくエリーも目を丸くして僕を見ていた。


「だから、すみません。

放課後や休日の部活動は出来ないんです」


部活の種類にもよるが、体育会系はほぼ休日が練習で潰れるだろう。

文化部の皮を被った吹奏楽部だってそうだ。

そもそも放課後すら潰れるのだから、やはり部活動はできない。


ちなみに、吹奏楽部が文化部の皮を被っているというのは、中学時代のクラスメイトがそう愚痴っていたから知っているのだ。

楽器を使うのに体力と肺活量がいるので、走り込みと筋トレをさせられる、と言っていた。


「学園に申請して許可をもらっているなら、まぁ、仕方ないか」


良かった、納得してもらえた。


「けれど、委員会には入らなければならない」


「はぁ、わかりました」


入るなら図書委員がいいなぁ、小中学と経験済みだし。

やることはそう変わらないと思うし。


「話が早くて助かるよ。

決闘でエリーを負かした実績もある、君には風紀委員に是非入ってもらいたい」


「っえ??」


「うん?」


「いや、無理ですよ!!

あれは、そのまぐれっていうか!!」


僕は思わず叫んでしまった。


「そんな、謙遜しなくていいんだよ」


横からエリーがそんなことを言ってくる。


「謙遜とかじゃなくて!!」


まずいまずいまずいまずい!!

風紀委員なんてできない!

検査入院前に、風紀委員が生徒同士のいざこざの仲裁をしてるのを見たことあるけどあんなことできない!!

無理やり介入して、拳で黙らせるなんて僕にはできない。

どうやってそれを伝えようか考える。

でも、いい案は浮かばなかった。


「謙虚な男だな」


そうじゃなくて!!

あああ、生徒会長達がいい人材が来た、みたいな顔になってる!!

どうしよう、絶対に出来ない。


「まぁ、でも、いきなり入れと言われても戸惑うだろう。

他の委員会もそうだが、最初は見学できるんだ。

部活動と同じだ。

これは一年生の特権だな。

とりあえず、各委員会を見学してみるといい」


とは言われたものの、乗り気にはなれなかった。


「それはそうと、なんの仕事アルバイトをしてるんだ??」


不意打ちの質問だった。


「コンビニと魔王城の清掃と喫茶店と、早朝の牛乳と新聞配達、あとは」


指折り数えつつ、僕は今現在しているバイトをあげていく。


「待て待て待て、掛け持ちしてるのか?!」


「え、あ、はい」


だから珍しがるって言ったのに。

いや、この場合は驚いてるのか。


いやいやいや、それよりも何とかして図書委員にならなければ。

風紀委員なんて絶対無理だ。

僕にはできない。

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