第14話
僕は元々人間だし、不良でもなんでもないので決闘というものとは無縁な世界で生きてきた。
決闘の申し込みを断れるものなら断りたかったけれど、その選択肢はよほどの理由――病気や怪我などで動けない場合――でもない限りやらない。
仮にそれをしたら、臆病者のレッテルを貼られて後ろ指をさされる。
それだけではない、魔王学園の生徒としての市民権を失うのだ。
つまり、存在を無い者とされてしまう。
退学こそないものの、人権もなにもかも失うらしい。
魔剣を抜いた時も、このルールを適用してほしかったなと、ちょっと思った。
ティオさん曰く、それはそれ、これはこれらしい。
魔族の、というか決闘のルールよくわかんない。
ちなみに僕は、決闘を申し込む時のルールは手袋を投げるアレしか知らない。
本当は逃げ出したかった。
でも、ルール上それは許されないらしい。
それなら受けるしかない。
もちろん、これも受けた理由だった。
けれどそれ以上に、打算もあった。
エレインさんにコテンパンにされれば、僕はこの魔王という立場から降りられると考えたのだ。
だって、どう考えたって僕は相応しくない。
どうして僕が選ばれたのか、本当にわからない。
それこそ、エレインさんのような人の方が相応しい。
強くて、やる気もある。
カリスマ性もあって、なんでも完璧にこなすことができる。
文武両道、才色兼備。
きっと魔王になるために才能があることに驕ることも、溺れることもなくずっと頑張ってきた人だ。
でも、理不尽にも魔王に選ばれてしまったのは僕だった。
家柄から資質からなにもかも、エレインさんと比べると月とすっぽんくらい違う、僕。
夢が絶たれたら、誰だって絶望する。
理不尽に今までの積み重ね、努力が否定されたなら尚更だ。
エレインさんが怒るのも無理はないと思った。
自分はこんなに頑張ってきたのに、なんでろくに努力も苦労もしてない奴が選ばれるんだ、となってもなんの不思議も無かった。
舞台を整える、といった通り、エレインさんが何もかもを手配してくれた。
決闘を申し込まれた二日後にはそれが公表され、学園中の噂になっていた。
結果的に、僕は注目を浴びる事なってしまった。
リュークをはじめ、クラスメイト達からは、僕がなにかエレインさんに無礼なことをしたのかもとある事ないこと噂された。
決闘から逃げたわけでもないのに、やる前からすでに後ろ指をさされている状態だった。
本当のことは言えなかったので、僕はなにか聞かれても曖昧に返すことしかできなかった。
そして、当日の放課後。
僕は緊張のあまり、トイレの個室に逃げ込んでいた。
怖かった。
本当に怖かったのだ。
だって使うのは、教材用とはいえ武器だ。
刃物だ。
その剣で戦うのだ。
ティオさんは、魔王に選ばれたのだから大丈夫ですよ、自信を持ってくださいなんて言っていたけど。
ティオさんが一番よくわかっているだろうに。
僕は、今までの人生で握ってきた刃物は、ハサミや包丁、草刈り用の鎌くらいしかない。
それだって、ずっと、人に向けてはいけませんと、いろんな大人たちから口を酸っぱくして教えられてきたのだ。
そんな人間が、理由はどうあれ他人へ刃物を向ける、というのはかなりハードルが高かった。
「どうして、こんなことになったんだろ」
泣き出したかった。
逃げ出したかった。
あの時、この魔剣に触れようと思わなければこんなことにならなかった。
僕は、目を瞑り後悔していた。
ぎゅうっと、魔剣を抱きしめる。
そして、
「ねぇ、なんで僕は選ばれたの?」
魔剣が答えるわけなんてないのに、そう疑問をぶつけていた。
こうして目を瞑って、また目を開けたら。
もしかして、母さんが元気だった頃に時間が巻き戻っていないかな、なんて、そんな現実逃避をしてみる。
こうして目を瞑ると、不思議なものでちょっと眠くなってくる。
「…………」
時間にして、ほんの数秒後。
俺は目を開けた。
不浄場の個室を出る。
決闘場として整えられた運動場へ向かう。
身の程知らずにも、決闘を挑んできた小娘と対峙する。
「逃げなかったのね。
ほめてあげる」
「……失礼な小娘だな」
俺は呟いた。
でも、その呟きはどうやら小さすぎたらしい。
小娘の耳には届いていないようだ。
ちらり、と運動場を見回す。
この学び舎の生徒が押し寄せ、観客となっている。
審判として呼ばれたのは、教育係の男だ。
静かに佇んでいる。
こちらの勝ちを疑っていない様子に、俺は満足した。
お互いに剣を抜く。
そして、
「はじめっ!」
教育係の掛け声とともに決闘が開始された。
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