第15話

小娘が突っ込んでくる。


「……おっそ」


俺は、それをひょいと避ける。

避けざま、小娘の背中へ剣の柄で打撃を与える。

それだけ、たったそれだけで小娘はバランスを崩し地べたに転がってしまう。

観客と、他ならない小娘がなにが起きたかわからない、という反応をする。


小娘は立ち上がり、剣を振ってくる。

それを適度に剣で受け止め、腹を蹴りつける。

また、小娘は地面を転がった。

土汚れがつく。


「ごほごほ」


小娘が咳き込んだ。

しかし、すぐにまた向かってきた。

徐々に、小娘が焦り始める。

一撃も俺に与えられないからだ。

その焦りを煽らせる。

今度は足払いをかけて、転ばせた。


「……なんでっ」


小娘からそんな声がもれた。


わけがわからない。

どうして、攻撃が当たらない。

なんでこんな奴に負けてるのか。


そんな感情がごちゃ混ぜになった声だ。

その焦りが、次第に小娘の動きを獣めかせてくる。


「なんでって、そりゃ」


俺は踏み込んだ。

小娘の持つ剣へ、重い一撃を食らわせる。

小娘の手から剣が落ちた。


「俺の方が強いからだろ」


もう一度、また腹へ蹴りを入れた。

小娘は転がる。

止まる。

そして、立ち上がろうとしたその首筋へ剣の切っ先を向ける。


「……満足したか?」


小娘が俺を見上げてくる。

そして、悔しそうにがっくりと項垂れた。

少々やり過ぎたかもしれない。


俺は、目を閉じる。



そして、僕は意を決して瞼を開けた。

飛び込んできた光景に、僕は言葉を失う。

目の前には、土でどろどろに汚れたエレインさんがいた。

両手を地面について、顔も下に向けている。

周囲には、歓声をあげる生徒たち。


「え、ええ??」


どういう状況??

これ、どういう状況??

僕は今の今まで、トイレにいたはずだ。

ここは、グラウンド?

移動した記憶が全くなかった。

ふと、校舎が目に入る。

そこに飾られている時計を見る。

この時計は正確に時を刻んでいる。

トイレに入ってから、十数分が経過していた。

決闘の指定時間からも過ぎている。


「なに、これ?」


僕は、うすら寒いものを感じた。

決闘時刻を過ぎた時計。

現在地はグラウンド。

そして、目の前には土で汚れ、項垂れているエレインさん。

さらに、この歓声。

決闘が終わっていると理解できた。

でも、僕にはその記憶がなかった。


「勝者、ツクネ・アルスウェイン!!」


横から、そんな聞き覚えのありすぎる声が届く。

ティオさんの声だ。

そちらを見る。

ティオさんが満足そうに、僕を見ている。

かと思ったら、拍手をしながら近づいてきた。


「おめでとうございます。

素晴らしかったですよ、十代目」


十代目、の部分は声を小さくしてティオさんはそう言ってきた。


僕は、それに答えられない。

わからない。

記憶がないのだ。

僕はエレインさんを見た。

あちこちに蹴りのあとがある。

僕、女の子蹴っちゃったの?!


「あ、あの、大丈夫ですか??」


僕はエレインさんへ、声をかけた。


「立てますか?」


エレインさんが、僕を見る。

決闘を申し込んできた時のような、色はどこにもなかった。

けど、立てないようだった。


「すみません、失礼しますね」


僕は彼女に触れた。

抱き抱える。

頭は打ってなさそうだったのと、ここから非常口から校舎に入れば保健室はすぐ近くだった。

バイトの時も、こうやって倒れたお客さんを運んだことがあるから、その経験が役に立った。


バイトしてて、ほんとに良かった。


僕は彼女を保健室に運ぶと、保健医に任せてさっさと出てきた。

出たところで、ティオさんとぶつかりそうになる。

けれど居心地の悪さもあいまって、僕は校舎内をめちゃくちゃに走って、人が誰も来ないところまで来る。


「なになになに??!!

何が起こったの?!!」


そう自分に質問する。

けれど答えは見つからない。

意識がなかった。

記憶がなかった。

怖くて、仕方ない。

僕は、魔剣を見た。

これで、二度目だ。

意識が途切れたのはこれで二度目だ。


やっぱり、僕は呪われているのかもしれない。


その時、携帯電話が震えた。

見ると、ティオさんからだった。

画面をタップして、通話する。


『いきなり走り去るから驚きましたよ』


「あ、あのっ」


僕は、混乱した頭で今のことを話そうとする。

でも、


『流石は十代目です。

ラングレード家の者を打ち負かすとは』


「ち、ちがっ!!」


僕は言葉を捻りだそうとする。

でも、上手く言葉にならない。

エレインさんは泥だらけだった。

アレを僕がした?

信じられなかったし、信じたくなかった。


僕は、自分になにが起きてるのかさっぱりわからなくて、ただただ怖かった。

携帯電話の向こうで、ティオさんが僕を褒めてくる。

でも、それを素直に受け取ることが出来ない。

頃合を見計らって通話を切る。


その後、僕は母さんの墓参りに行った。

ティオさんには上手く言葉で説明できる気がしなかった。

そして、こんなことを相談出来る相手が身近にいなかった。

でも、誰かに話を聞いてほしくて、思い出したのが母さんだった。

母さんは父さんと一緒に墓に入っている。

僕は母さん達の眠る墓の前に来ると、膝をついて指を組んで、今日あったことを打ち明けた。


ティオさん対してとは違い、すらすらと言葉にできた。

やがて、話終えると僕は墓に問いかける。


「僕、どうしちゃったんだろうね?」


当然ながら、返答はなかった。




そして、翌日。

いつも通りに牛乳と新聞の配達バイトを済ませて登校すると、生徒たちの視線が僕に向けられた。

学年もクラスも関係なく、注目の的となっている。

漏れ聞こえてくる彼らの話を総合すると、やはり昨日の決闘騒ぎが原因のようだった。


違うのだ、と声を大にして叫びたかった。


そんな僕の前に、エレインさんが現れた。

さらに周囲の生徒たちの注目が集まる。


「あ、その、おはようございます」


エレインさんは、いつもの制服姿で僕の前に立っている。

土汚れなんて着いていない、綺麗な制服姿だ。

彼女は黙ったまま、僕の目の前まで来ると片膝を着いた。

頭を下げる。

映画で見た事ある光景だ。

騎士が王様に対してする、行いだった。


「……え?」


これには、周囲がどよめいた。


「昨日の決闘、完敗でした。

そして、自分の不甲斐なさを思い知りました」


なんて、エレインさんが言ってくる。


「私は驕っていたのです。

貴方はそれに気づかせてくれた。

感謝します。

そんな愚かな私を、貴方はわざわざ保健室まで運んでくれた。

その慈悲深さと寛大な御心に感服しました。ありがとうございます。

これは私からの、せめてもの誠意の証としてお受け取りください」


エレインさんはそう言ったかと思うと、僕の右手へ優しく触れる。

そこには、魔王紋を隠すための包帯が巻かれている。

その包帯の上から手の甲へ、彼女は口付けた。


「……はい??」


あとで知ったことだけれど、これは忠誠を誓う儀式のようなものらしい。

相手が僕じゃなかったから、きっととても絵になっていたと思う。

エレインさんが顔をあげて、僕を見てくる。

まっすぐ、見てくる。


「貴方に永遠の忠誠を誓います

どうか、愚かな私をお傍においてください」


あまりにまっすぐで、綺麗な目で、そんなことを言われてしまって。

そして、こんなことは初めてだったから、


「え、あ、はい」


そんな返答をしてしまった。

彼女の顔がパァっと明るくなる。


「良かった!嬉しいです!!」


こうして、この決闘騒ぎは幕を閉じたのだった。

その後、少し日をおいてから僕は改めて報告掲示板を建てて、この一連のことを書き込んだ。


魔剣を抜いた時のように、誰かに話を聞いてほしかったのだ。

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