第11話

登校初日以来の冷や汗が流れる。

どうしよう、どうしよう?!

内心パニックになっていると、女子生徒の一人がエレインさんに声を掛けてきた。

彼女は保健委員だ。


「エレインさん、大丈夫ですか??」


普段のエレインさんなら、まず椅子から滑り落ちるなんてまずあるわけない。

だからこそ、保健委員であるその女子生徒はエレインさんの体調不良を気にかけたのだ。

エレインさんは、ハッとしてその女子生徒へ振り向き、


「え、えぇ、ちょっと滑って。

ありがとう、大丈夫よ」


そう言って立ち上がり、制服のスカートを叩いて軽く汚れを払うと、椅子に座り直した。

他の生徒たちも、やがて元のざわつきを取り戻していく。

それでも、エレインさんは僕の机の横に立てかけられている魔剣を凝視していた。

魔剣と僕を交互にみていることには気づいていたが、僕は何事も無かったように文庫本へ視線を落とした。


せめて、僕も大丈夫かと声をかければ良かったと思った。

けれど、バレたかもしれないということに意識を取られてしまって、そんな余裕はなかった。


剣技の授業は午前中。

二時限目だ。

一時限目の授業は、あっという間に過ぎ去った。

授業の間、エレインさんの視線が突き刺さってとてもいたたまれなかった。

トレーニングウェアに着替えて、グラウンドへ移動する。

ちなみに、男子女子ともに更衣室が用意されている。


「ツクネ、顔色悪いなー、大丈夫か?」


グラウンドへ向かう途中、男子生徒の1人にそう声を掛けられた。

ときどき雑談をする生徒のひとりだ。

名前は、リューク。

魔族の中でも一般家庭、中流層出身の生徒だ。

そして、僕のバイト先のコンビニでおっパイの大きなお姉さんが表紙の雑誌を買っていく子である。


「え、あ、はい。

その、剣技の授業って初めてで、怖いなって」


僕は半分本音を口にした。

もう半分はエレインさんのことが気がかりだった。

でも、教室で魔剣のことを問い詰めて来なかったから、もしかしたらプロトタイプシリーズだと考えてくれたのかもしれない。


「あ、そっか、ツクネは元々普通科高校に通ってたんだもんな。

そりゃ、いきなり刃物持たされて授業するってなったら怖いか」


リュークは理解を示してくれた。


「でも大丈夫だよ。

やることは普通の体育の授業と変わらない。

走って、筋トレして、素振りして、基本的な型を真似するだけ。

まぁ、ラングレードさんみたいな名家出身、かつ魔王候補の子は模擬試合するけど、そうでないならまず大丈夫だよ」


そういうものらしい。

僕は安心した。


「魔王候補とそうじゃない子だと、やっぱり区別されるんだ?」


「まぁ、多少は。

やっぱり魔王になるなら優秀な魔族から選ばれてほしいし」


すみません、人間で。


「そ、そうだよね。

で、でも、この魔王学園に通う子は皆、その候補だって聞いてるけど」


「あはは、候補だってピンキリってこと。

とにかくそれっぽい奴を集めて、囲っておけば魔剣を抜く儀式の時に探す手間省けるだろ。

青田買いってやつ?」


うわぁ、超現実的だ。


「だって考えてみろよ、九代目は元娼婦、八代目は処刑人、三代目は奴隷。

それ以外はラングレード家や、ヴェリドット家、クォールスロー家のいわゆる御三家から魔王が出てる。

前者の三人の例があるから、落ちこぼれ確実でも少しでも魔王として選ばれる可能性があるのならこの学園に入ることになる。

まぁ、それでも選ばれない時はあるけどな。

そうなったら一般人も魔剣を抜けるか試されるわけだ。

それで魔王になったのが、九代目なわけだし」


これは、ティオさんの授業で習ったことだった。


「そう言えばそうだったね」


「まぁ、でも次の魔王はエレイン・ラングレードさんで決まりだけどな」


「そうなんだ?」


「文武両道、才色兼備。

完璧じゃん。

あの人が誰かに負けるところ見たことないぜ?」


うぅ、ごめんなさいごめんなさい。

ほんっと、僕なんかが魔剣抜いちゃってすみません。

僕はなんとも言えない罪悪感から、内心で謝ることしか出来なかった。


そんなグラウンドへ向かう道すがら、


「あ、いたいた。

ツクネ君、ちょっといいかな?」


噂をすればなんとやらというやつか。

前方から、エレインさんが小走りでやってきて僕に声を掛けてきた。

その視線、僕を見ているようで見ていない。

いまいち持ち方がわからず、結果的に胸の前で抱えている魔剣に注がれていた。


「はい?

なんですか?」


「うん、剣技の担当教官が話があるって。

ちょっと来てくれる?」


僕は何の疑いもせずに、頷いた。


「分かりました」


リュークが、


「先いくわ」


そう言って、スタスタと歩き去る。

僕はそれを見送って、反対方向に歩き出すエレインさんの背中を追いかけた。


そして、人気のない場所までやってくると、エレインさんはくるりと僕に振り向いた。

かと思ったら、近づかれる。

僕は、壁に追い込まれる。

そして、


ドカッ!!


そんな音ともに、足で壁ドンされた。


「ひっ!」


情けない声とともに体が震えた。


「ツクネ君の剣、本物の魔剣だよね?」


怖い怖い怖い怖い!!

エレインさんが、ニコニコと笑みを浮かべ確認してくる。

僕は、ただ怯えるしかできなかった。

そんな僕に、エレインさんは再度問いかけてくる。


「ねぇ、どういうことか聞かせて欲しいな」

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