第10話

魔王学園の生徒は、ほとんどが魔族だ。

純粋な人間は、たぶん僕くらいだろう。

なにしろ、入学資格のひとつが魔族であること、なのだから。

けれど、人間でありながら魔剣を抜いてしまった僕は、古い慣例に従ってこの学園に入らなければならなかった。

そのため、超超超薄いけれど、魔族が御先祖にいたという経歴を作ってもらったのだ。

そのでっち上げられたご先祖設定が、アルスウェイン家の遠縁ということになったのである。

学園側にも、僕が魔王紋を持つ魔王だと知られるわけにはいかない、という九代目やティオさんの判断だった。

初日は滞りなく終わった。

けれど、時期外れの転入生ということですでに出来上がっていた人間関係の間に入ることは出来なかった。

僕は、どこのグループに入ることが出来なかったのだ。

元々、学生生活においては活発な方では無いし、母が病気に倒れてから一ヶ月前までの数年間バイトに明け暮れていた。

中学の三年間は、ほんとにバイトで潰れたと言っても過言ではなかった。

役所に申請した保障や母が入っていた保険では、最低限の生活しかできなかったからだ。

やっぱりお腹いっぱい食べたかったし、母にもいい治療を受けて欲しかった。

そして僕は、バイト三昧の日々を選んだのだった。

だから、どうやって友だちを作ればいいのか本当に分からなかった。

共通の話題も少ない。

数日経過する頃には、僕はすっかり一人で過ごすようになっていた。

それで不便は無かったし、雑談程度なら話す子はいた。

とくにイジメもなかった。

あったらどうしようと思っていたけど、杞憂に終わったのはいい事だ。


このまま、穏やかに学園生活を送ることになるんだろうなと思っていた。


けれど、そうはいかなかった。



学園生活にも慣れてきた。

学園が終わると自転車で、バイト先に直行する。

今日は、コンビニだ。

夜八時までしっかり働いて、職場をあとにする。

そこからまた自転車を漕いで魔王城に戻る。

魔王城に戻ると、シャワーと食事をとって、三十分だけティオさんからの授業を受ける。


「明日は剣技の授業がありますね」


授業終わりに、時間割を確認していたティオさんがそんな事を言ってきた。

教材用の剣を使った授業である。


「魔剣を忘れずに持っていってくださいね」


ティオさんが、シレッとそんなことを言うものだから、とても驚いた。


「え、でも教材用の剣があるはずですよね?」


「十代目は魔王なのですから、魔剣を持参するのは当然です」


「え、でも、バレますよね?」


「大丈夫ですよ」


あっさりとティオさんは言った。

いや、バレるでしょ。

魔剣は誰でも知っている、この国でいちばん有名な武器だ。

疑問符を浮かべる僕にティオさんは、カタログを渡してきた。

生徒が購入する教材が載っているカタログだ。

付箋が貼られている箇所を開く。


「ぷろとたいぷしりーず??」


そこには、魔剣そっくりの教材用の剣の画像があった。


「一番人気で、生徒達の多くがこのプロトタイプシリーズを購入しています」


グッズじゃん、と思ったが口にはしなかった。


「だから、大丈夫ですよ」


要は、木を隠すなら森ということらしい。


「教材用でも剣は剣。

魔剣も剣。

大丈夫です、バレません。

九代目の時は、このシリーズはまだありませんでしたけど。

見た目だけそっくりに作ってもらった、と言ったらバレなかったらしいですよ」


九代目の時も本物を持たせて授業を受けさせたらしい。

でも、それでバレなかったのなら大丈夫なのかな。

よくわからないし、とりあえず言われた通りにしよう。


「……らしい?」


少しティオさんの言葉が引っかかって聞いてみた。


「九代目の教育係は、私の母だったんです。

今年は千年に一度の年ということで、私と代替わりしたんですよ」


へぇ、そうなんだ。



その日はぐっすりと眠った。

そして、翌日。

早朝の牛乳と新聞配達のバイトを終わらせてシャワーを浴び、用意してもらった朝食をとる。

そして僕は言われた通り、魔剣を持って登校した。

クラスメイトに挨拶をして、席に着く。

教室を見回してみる。

なるほど、たしかにプロトタイプシリーズらしき剣を持参している生徒が多かった。

これなら、まさか本物が紛れているとはわからないだろう。

剣は、他の生徒を真似して机の横に立てかけた。

それから、鞄に入れて置いた文庫本を開いた。

この魔王学園の図書室で借りた文庫本だ。

基本一人で過ごしているので、読書はいい暇つぶしになるのだ。

文庫本に熱中していると、いきなり横でガタタ、と激しい音がした。

その音に、教室中がシン、と静まる。

僕も音がした方を見た。

椅子から滑り落ち、目を丸くしているエレインさんがいた。


「あ、あああ、あなた、そ、それっ」


え、まさか、バレた?

そう思った瞬間、魔剣を引っこ抜いて逃げた時のことを思い出した。

正確には、あの時建てた掲示板だ。

その書き込みのひとつが、脳裏に蘇った。


――大の魔王オタクで有名な子だろ

クイズ番組とかにも呼ばれて、出てるの見た事あるし

歴代魔王関連の道具が出てくると、その真贋を見極めることが出来るくらいのガチ勢だし――


そうだった、エレインさんは魔王オタクの【ガチ勢】だった。

ヤバい、バレたかも。

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